短編集/恋愛・甘々系

いちごショートの願い 後編

     母が、そろそろと玄関にやってきた。
    「どうしたの? 何かあったの?」
    「こんばんは」
     彼は持ち前の明るい笑顔でペコリと頭を下げた。
    「香摘さんと同じ保育所で……友達でした」
    「そうなの?! じゃあ、久しぶりねえ」
     母もまたオバサマとして例外では無く、イケメンの青年には弱いらしい。隠そうとしても、顔にやたら嬉しそうな笑みが浮かんでいる。あれは愛想笑い以上の笑顔だ。そろそろ帰宅するはずの旦那に言いつけるぞ。
    「どう、よかったら、上がってちょうだい? それともまだ仕事?」
    「仕事はもう上がりました。配達っていうか……俺が、帰りに持ってきただけのことなんで」
     彼はニカニカと笑う。
    「俺、ヒマなんで、マジでお邪魔しますよ? 社交辞令ならここでストップが賢明っすよー」
    「全然っ! 人は多い方が楽しいからね!」
     母は上機嫌だった。
     私は戸惑いながら彼を見つめていた。
    「代金はその時って言ったけど……それじゃあ……」
     私に言われて、彼は思い出したように言った。
    「ああ、立替えといたよ」
     やっぱり……。彼は、出来上がった泥ケーキを先生に配っていたころの、「シン」の顔に似ていた。
    「……シン?」
     期待に胸が膨らむ。ドキドキした。Bカップのブラがちょっときつくなった気さえする。
     彼は家にあがりそうになっていたのに、ふと足を止めた。
    「え、違うよ」
     彼は驚いた顔でじっと私を見た。私は慌ててうつむいて考える。

     ……展開が違う。誰? 誰なんだろう。
     どなたですか、とはもう今更聞けない。でも、名乗らないで家に上がり込むなんてちょっとおかしくない?
    「俺がキリン組で、香摘がゾウ組でさ、一緒に花でご飯つくったり、泥のお味噌汁とか、いちごショートとか作ったのに、全然覚えてないんだ?」
     すると、母親が彼の顔を見ながら、嬉しそうな顔をした。
    「あなた、もしかしたら、佑太くん? 浅谷さんちの!」
    「あ、すごい。お母さんのほうがちゃんと覚えてくれてたんだ」
    「ユータ???」

     私の記憶の中には、佑太という人はいなかった。……いたのかな? 一緒にいちごショートを作ったのは、たしか「シン」だったと思うけど、あれ、ちがったのかな?

     佑太はうちの家のすぐ近所に住んでいて、母親同士も仲がよかったという。でも、少し離れた街に浅谷家が引越しをしたのを機に、残念ながら疎遠になったらしい。
    「そういえば、あの頃は、いつも佑太くんとシンくんと香摘と三人で遊んでたわね」
     母が懐かしそうに言った。
     私たちはテーブルに並んだご馳走を前にして、顔を見合わせた。
    「佑太、シンのこと、忘れてたんでしょ」
     私が言うと、
    「香摘、シンのことしか、覚えてなかったんだろ」
    と、彼も反撃した。
     その口ぶりとは裏腹に優しい目をしている。私の中の「シン」へのイメージは佑太の表情と重なっていく。
    「ツルベ……」
    「誰がツルベだ。久しぶりに言われた。もう腫れぼったい目してないだろ?」

     私が覚えていたのは、佑太のことだった?
     ずっと好きだったのは、佑太のことだった?

     なんだか今夜は不思議な日だ。
     もしもサンタさんがプレゼントをくれるのなら、どうぞ、もう一度三人の時間をください。


     玄関のチャイムが鳴った。父のご帰還かなと思って玄関に出てドアを開けた私は、またまた困惑し、固まってしまった。
     知らない大きな学生が一人、自転車で来たらしく、寒そうにマフラーをぐるぐる巻きにして、立っていた。
    「あの、どなた……?」
    「佑太のバイクがあったから。いるんでしょ、あいつ」
    「う、うん」
    「おーい、佑太!! チキン買ってきたぞ」
    「なんだよ、来たのか? お客さんの所に配達でお邪魔してんだよ」
     部屋の中から、佑太の応じる声がした。
    「配達なのに、なんで家に上がってんだよ」
    「それは内緒」
     佑太の態度に少し腹を立てたらしく、大きな学生はチキンの入っているらしい箱を佑太にぶつけようとした。
    「わー、ごめんごめん、慎(しん)、許せ! じゃ、行くか!」
    「ま、待って!」
     私は思わず玄関で二人を呼び止めていた。
    「シン……て……。あの「シン」だよね? じゃあ、佑太とシンは……ずっと友達だったの?」
     慎はわけがわからないという顔で佑太を見る。佑太はただ笑うだけだ。

    「それで、男二人でクリスマス……? え、マジで……?」
    「そういう顔するかな。香摘だってほぼ同じだろ? 違うのか? ああん?」
     佑太が意地悪な顔で笑う。
     そこに、母がやって来て、佑太が持ってきたケーキの箱の中を見ながら言った。
    「佑太くん……なんかショートケーキが……多いんだけど……」
    「あまりモンじゃないですよ? 香摘の顔見たらなんか思い出しちゃって……。こいつなら5個くらい食いそうだなって。そういう体形してるし」
    「マジぶっ飛ばす!」
     5個もプラスする奴がどこにいる!
     
     そうは言ったけれど、私は母の顔を見ながら小さい声でブツブツと呟いた。
    「ケーキ余ると勿体ないからさ……この二人ヒマそうだしさ……なんていうかさ……」
     母は、私がぐずぐずと発する言葉など聞いていなかった。
    「二人とも、このケーキ一緒に食べない? チキンと物々交換で!!」
     嬉しそうに言う母に、佑太と慎は顔を見合わせていた。
    「いいっすねー。慎もいいだろ?……おまえ超寂しい奴だから」
    「俺の繊細な心に触れるな!!」
    「忘れたいのか……?」
    「う……。ウルサイ! すいません! 俺も、上がっていきますっ!」
     慎は佑太の追及から逃れるためか、靴を脱ぎ始めていた。

     恥ずかしそうにしか笑わない北川慎(きたがわしん)は、なんとなく「シン」のイメージと違う。となりで笑う……それこそ目がなくなるくらい楽しそうに笑っている佑太の顔に目が行く。
    「クリスマスツリー無いの?」
     突然、佑太が訊いて来た。
    「いつもは飾るけど……親と3人だし、ま、いっかって出さなかった」
     佑太はふーんと言ってから、慎の顔を見て意味ありげに笑った。
    「なんだよ」
     慎がムッとして佑太を見た。佑太はその様子を無視して私に言う。
    「こいつんちのツリーさ、てっぺんの星飾りが突然無くなったんだぜ。なんでだと思う?」
    「なんで……?」
    「うるせーーーー!!!」
     慎が今日イチの大声で、佑太を突き飛ばした。
    「大好きなヒトにあげちゃったのさー」
     倒れながらも、佑太がニヤニヤと笑った。

    「で、ここんち、知り合いなの? てかこの子、誰なんだよ。配達じゃなかったのか?」
     突然、慎が私を指さして言った。その質問、今頃かよー。
     慎は怪訝な顔をしている。
    「さっきから妙に馴れ馴れしいけど、まさか、この子佑太の彼女……とかって言うんじゃないだろうな」
    「おおー、それいいね」
     佑太は私の顔を覗き込んだ。
     い、いきなり何を言うんだ!
     咄嗟にその視線を避けて、慎に向かって訴えた。
    「香摘だよ! 和倉香摘(わくらかつみ)。保育所で一緒に遊んでもらったのに、シン、覚えてないの?」
    「わくらかつみ? ぜんっぜん覚えてねー」
     佑太は腹を抱えて爆笑し、私は不満げにチキンをほおばった。慎は気にも留めずに人んちのテレビでザッピングを始めた。

     願いが叶ったのかな?
     心地いい空間。
     子どもの頃に戻れるのは、家族とだけだと思っていた。

     来年はみんなでホールケーキにしようか。
     それともいちごのたっぷり載ったショートケーキにしようか。



    <END>



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