短編集/恋愛・甘々系

いちごショートの願い 前編

     10年以上も前。そんな昔の頃が今でも懐かしい。保育所に通っていた時代。
     淡い初恋に似た……いや多分初恋と言っても許されるはずの気持ちが、まだ甘く残っている。
     嫌なことがあってもその場所に逃避してしまえば、幸せな気持ちを取り戻せる。なんとなく危ないクスリっぽい幻覚……じゃなくてホントの想い出。

     ほかの子のことはほとんど覚えてはいないのが、”ある子”だけがその幸せキープに一役買っている、と言っても過言ではない。
     砂場でつくった泥のケーキに、小さな泥団子をいくつも乗せ、
    「はい、いちごショート」
    と言って、差し出してくれる1つ上のクラスのお兄ちゃん。
     その子のことを、「シン」と呼び捨てにしていた。
     近所の保育所に通っていたので、自然と小学校も同じ。ただ学年が違うので卒業アルバムには載っていない。でも、いまだにその顔を忘れられない。目が細くて垂れてて、”ツルベ”とか言われてたっけなー。
     ”ツルベ”少年は、あまり騒々しい遊びを好まないのんびり屋だった。ちょっとほかの子より大きな体で、小学校低学年くらいまでは、やさしく手を引いてくれて公園まで歩いて、私と一緒に砂場でお菓子や料理をつくってくれた。
     だから、恥ずかしくて人には言えないけど、いちごショートは特別なお菓子だ。
     あの頃から、いろんな願いを込めて口にほおばっている。いつまでも、たのしくいられますように。


     クリスマスには、我が家ではお決まりのように、生クリームのホールケーキを二つ買う。
     ホール二つなんて「それは15センチだよね」とクラスの子に確認された。でも実は、25センチだ。
     姉、兄、私、そして、両親、祖父母の7人家族で、全部平らげる。皆甘いものが大好きだった。  お姉ちゃんは17歳、お兄ちゃんは15歳なんだから、少しはダイエットを考えて遠慮すればいいのに、全然気にせずバクバク食べる。両親もまた、脂肪分を恐れずにバクバク食べる。
     祖父母に至っては、いちごのツブツブが苦手らしいが、ケーキはやわらかくておいしいとのことで、いちご以外の部分をバクバク食べる。
     私は、祖父母の残したいちごをもらって、自分のケーキの上に乗せ、あの日の泥ケーキのようにいちごたっぷりのショートをつくって、満足して眺めていた。

     でも、そんな光景も中一くらいまでだった。
     私が高校に入った辺りから、みんなクリスマスはバラバラに過ごすようになった。まあ、当たり前と言えば当たり前なこと。今年だって例外ではない。
     お姉ちゃんは会社の友達とパーティにでかけるといって、ケーキはいらないと言った。お兄ちゃんは場所も言わず外泊するとのこと、多分彼女がらみに違いない。おじいちゃんは腰の調子が前から悪く、おばあちゃんと一緒に温泉旅行に行ってしまった。
     私はというと、ステキな16歳に成長したというのに、クリスマスには誰ともスケジュールが合わない。
     つまりは”シングル”ベルが鳴ってるということ。ラブラブな相手もおらず、両親と3人だけのさむーいクリスマスを過ごす。
    「香摘(かつみ)、駅前に新しいケーキ屋さんができたのよ。すっごく美味しいんですって」
     母が、私の沈んだ気持ちを察したのだろうか、やたら明るい声で言った。
    「雑誌にも載ってて、東京じゃ有名な店なんだって。ちょっと高いんだけど、今夜くらいいいよね」
     母が微笑む。
     励まされてる感がハンパないけど、きっと被害妄想に違いない。そう思うことにする。

     いつかは卒業する家族とのクリスマス。それは、もう終わりかけている。家族そろってホールケーキを食べるそんな楽しい時間は、もう二度と戻って来ない。
     自然とホールからショートへと変わっていく。さすがに今の三人じゃ、15センチでも余りそうなので予約はしなかった。
     そこにもし「シン」がいたら、「残ったら俺が食べてやるよー」とか言ってニカニカ笑いそう。  今でもまだ、ショートケーキは大切なキーワード。

     そのスイーツ店は人だらけだった。いわゆるクリスマスケーキというやつはたくさんあったが、結構予約している人が多そうだった。ブッシュドノエルや、ツリーを模(かたど)った小さいケーキがショーケースに並んでいる。
     両親にはこの大きめのブッシュドノエルを半分こしてもらおうかな。私は、ここはヤッパリいちごショートだ!
     この店のいちごショートを見て感動した。いちごがたっぷりのっていた。値段は1つ700円もしたが、トータル3000円で十分足りる。
    「ホワイトチョコのブッシュドノエルと、いちごショートを1つずつください!」
     ショーケースの向こう側に立つ背の高いお兄さんに言う。
    「はい」
     お兄さんはニコニコして、手際よく箱に詰めてくれた。
    「ドライアイスはどうしますか?」
    「家、すぐそこなので。あの保育所の近くで……」
     私は、そのお兄さんの目があまりにもきれいで、不思議な優しさを持っていたので、余計なことまでしゃべりそうになった。
    「ああ、あの保育所? 僕、そこの卒業生ですよー」
     表情を崩して地元感満載で笑う、学生アルバイトっぽいお兄さん。そこに並んでいた主婦層の目を釘づけにするくらいの、愛想良さと、若さと、見た目の良さ。
     クリスマスにバイトしてる寂しい男子(オバサマの妄想)だから、狙われてるんじゃない?
    「えー、お会計3,300円です」
    「え゛っ!!」
     もう一度ブッシュドノエルの値段を見た。2600円。しまった、2000円と見間違えた。
    「あ、あの、ちょっと待っててください。また来ます。すぐ、来ますから。あ、それともどうしようかな、ブッシュドノエルをやめにしてショートを三つにしようかな……」
     お客さんが待っている。非常に迷惑な客になってる、私。
     しかし、お兄さんは笑って言った。
    「お金足りないの? じゃあ、配達してあげるから、その時にお金用意しておいて」
     おおお、そんなシステムがあったのか!すごい。うれしい。
    「住所と名前を書いてね」
     私はいつもの汚い字をできるだけ丁寧に書くことで、少しでもきれいに見せようと努力した。名前はとりあえず私の名前で、電話番号も書いた。
     アルバイトのお兄さんは、その紙を見ながらちょっと考えていたが、
    「夜7時じゃ遅いかな? 遅いよね……」
    「いえ、いいですよ。まだ家族は帰ってきてませんし」
    「そ、じゃ、そのころお持ちします」

     気持ちのいい店だった。店のつくりといい、商品といい、対応といい、全部二重丸だよ、と母親に告げた。
    「お父さんが今日は8時までには帰るって言ってたから、きっと間に合うわよね」
     母も時計を見ながらつぶやいた。
     7時を少しだけ回ったところだった。バイクの音がして、玄関前に止まった。
     私は代金を握り締めて、玄関のドアを開けた。
     そこにはジャンパーを着て、ダボダボのズボンを穿(は)いて、汚れたサッカーシューズ姿の普通の学生が立っていた。よく見ると。確かに先ほどのお店の店員さんだった。
     大事そうに両手で持っていたケーキの箱を、ニッと笑って私に向かって差し出した。
    「香摘、メリークリスマス」
     一瞬、男の子の顔を見つめる。なんで、なんで、そんな馴れ馴れしいんだろう。
     でも、なんとなく、嫌じゃない。
    「あ、ありがと」
     私はお金を渡そうと、手を伸ばした。
    「俺のこと、覚えてないよな」
     彼はお金を受け取ると、苦笑した。
    「っていう俺も、住所と名前見るまで思い出せなかったけどなー」
    「え? 誰?」
    「よく、一緒にショートケーキ作ったじゃん」
     えええ?
     こ、この展開は、まさか!!



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