短編集/学園・青春モノ系

ストーブ 後編

     北尾は、中学時代の佐久間のことを、まっすぐ空に飛んでいき消えてしまう野球のホームランのボールのようだと言った。
    「サクは周りなんか気にせず独りで直進してた。スゴいなって思ったけど、それについてくことはできなかった。だって私なんて誰が見ても、いろんなとこにぶつかって、曲がってヘコんで最後には誰かに踏まれるそんなテニスボールみたいなヤツだったし」
     佐久間は、北尾の無駄な動きを思い出すと同時に、部室に転がっている凹んだ黄色いボールを思い浮かべた。確かに似ている気がする。

     北尾は中学時代、イジメのあるクラスでずっと息を殺して気配を消していたと言った。よくある話だから、本当だろうと佐久間は思った。
    「あのときは、サクのこと、まともに口もきけない相手だと思ってたけど、今はこうして話ができてる」
     北尾はまた嬉しそうに笑った。
     サク、と呼ぶ事を許可した覚えは無いが、きっと何度言っても、彼女は自分のことをサクと呼び続けるに違いなかった。
     佐久間は、この、人に合わせて人に紛れてなんとか中学生活を乗り越えてきたヤツと、短距離走のように中学生活終わらせた自分が、話などしても全く噛みあわないと思っていた。
     佐久間は他人を気にせずマイペースな性格だった。関わりたくないことには関わらなかったし、自分の主張は崩さなかった。彼は周囲から強い人間だと思われていたようだ。
     でもそんなに強気でいられたのは、一緒に思い出を共有したいと思える友人がいなかったからかもしれない。周りを大切にする方が、無視する事よりずっと大変だとわかっていた。
     北尾というヤツは周囲のことに惑わされ過ぎていて、いつもキョロキョロしている小動物並のヤツだと思っていた。でも、それが『弱い』かというと、少し違うような気がしてきた。


    「学校でも、サクって呼んじゃおうかな」
     北尾はなぜかはしゃいでいた。
    「返事しねーぞ」
     佐久間は寒気を感じて、体を震わせた。
    「わ、サク、インフルかかったかも!」
    「ぜってー、ちがう」
    「じゃーうつしちゃおうかなー」
     北尾が佐久間の目の前に立ち、彼に顔を近づけるフリをした。しかし、その距離がまだ1メートル以上も開いている状況で、佐久間はくるりと背中を向けくしゃみをした。
     北尾は、「あ、マジでうつってる」とぼそりと呟いた。「いつうつったのかな?……」
     佐久間は、振り返って苦い顔で言った。
    「昨日までおまえの横で授業受けてたんだから、うつされ放題だわ」
     接近してないのに。そんなに話もしてないのに。そんなに仲良くも無いのに。
     佐久間は納得がいかなかった。
     ただ、彼は昨日、暇すぎてずっとこの女を観察して楽しんでいた。顔は完全に、北尾の方を向いていたことを思い出した。頭が重い。
    「ああ、テスト直前なのに……。追試かよ……」
     佐久間はため息をついた。初体験だ。
    「じゃ、追試一緒に受けよ! 私追試、得意……」
     北尾の声が途中で消えたと同時に、ほわんと温かいものが佐久間の胸の中に飛び込んできた。
    「うわ」
     佐久間は倒れ掛かってきた北尾の体をしっかりと抱きとめたものの、重さに困ってしゃがみこんだ。
    「大丈夫かよ。熱があるのに、いつまでも外で話してるからだよ。もう、どうすんだよ」
    「平気。お母さん、そこで待たせてるから」
    「お、親いんのかよ!」
     佐久間は悪いことでもしたかのようにドキドキしながら辺りを見回した。
    「なんてね」
    「おまえ……」
     ピースする北尾を、佐久間は顔を引きつらせて見ていた。


    「ねー、病人なんだし、送ってくれよー」
    「そんなことする義務はない」
     佐久間は北尾にそう冷たく言い放ったが、体を支えた手を離すタイミングが無くて困っていた。
    「ほら、早く自力で歩けよ。おまえ、重いんだから寄りかかるなよ」
    「そんなことないと思うけどなあー」
     北尾は一歩進む度、無意識に佐久間の手をギュッと握る。
     発熱のせいで温かいその手を、無理やり振りほどけない自分に彼自身驚いていた。
    「あれ、サク顔赤いよ。熱かな」
    「多分な」
     インフルエンザで発熱してんじゃなくて、おまえの熱がやたら伝わってくるんだよ、と佐久間は思った。
    「しょうがないな。頑張って歩く……」
     北尾は佐久間が支えていた手から、なんとか体を離して直立した。
    「大丈夫かよ……」
     彼女は一人で歩かせると、フラフラ、フワフワと揺れている。
    「へへへ、もっと心配して! ホントは優しいのに照れちゃうサクが大好きだから!」
    「はぁぁ?!」
     佐久間は顔を真っ赤にして、北尾のヒザの裏あたりを蹴ってやろうと本気で思ったが、彼女がよろよろと逃げたので未遂に終わった。
    「追試、がんばろーねー、サク」
     北尾が少しずつ歩いて離れてゆきながら、佐久間に手を振った。
    「学校で、ぜってー、サクって呼ぶなっ!!」
    「私のことはアユって呼んでいいんだよー」
     佐久間は地団太踏んで悔しがった。インフルエンザにも腹が立ち、追試にも腹が立った。
     しかし、何よりも、今日佐久間が一番悔しかった事は、北尾をもうバカにできないことだった。
     意味が無かったはずのストーブが、ここにいますと主張してきたのだ。それが結構あったかくて、居心地がいいなんて思っている自分がいるという。
     これ以上の屈辱は無い。


    <END>



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