短編集/コメディ系

七夕の夜はブラック 後編

     ぎょっとする俺のことなど気にも留めない様子で姉は続ける。
    「やっぱりさ、お腹の子に罪はないわけ」
    「そうだ、お腹の子にも彼氏にも罪は無い。あるのは、おまえとおまえを妊娠させた男だ」
    「でも、性欲ってさ……」
    「だから、そういう話はいらないから! 七夕の夜……そっちの話と、お腹の子の父親の話を先にしろ!」
     お腹の子の父親はこの際あまり興味が無いが、七夕の方は喉から、耳から、手が出る程、情報が欲しい。
    「この先独りで生きてくとか考えてると、七夕の夜に私を受け容れてもらわないと困るの。この近辺にあるはずなんだけど」

     姉は何を思ったのか、奥から新聞を束ねている塊を一つ持ちだして来て、ひもをほどくとチラシを探し始めた。
    「な、なに、広告で見つかるのか? スーパーかなんかかよっ!」
    「あった!」
     案外素早く見つけた姉は、嬉しそうにチラシを俺に突き出した。
     24時間開いている大安売りのスーパー、『七夕の夜』。

     俺はその広告を見たまま固まった。
     あいつの実家の住所じゃねえか。どんぶり屋をやめてスーパーになったのか。しかもその店の写真もチラシに乗っているが、悪趣味なデカイ竹のような……竿のようなものに、金銀の紙を散らしたようないわゆる七夕の飾りのようなものが店頭に並んでいる。
     こんなド派手なスーパー、この一帯では見かけたことが無い。
    「そりゃそうよ、24時間開いてるとか嘘。夜しか開いて無い。昼は、なんか質素などんぶり屋なんだよねー」

     ……だろうな。

    「なんで24時間営業なんてウソ書くんだよ。開店時間……つまり、どんぶり屋の閉店時間を書いてやった方が親切じゃないか」
    「それが違うのよねえ。七夕の夜は、バックヤードでは24時間営業なの」



     やつが、もっともっとブラックだと言った言葉がふと頭に浮かんだ。
     七夕の夜は、開店していない時間も業務を続けている? 24時間制で? なぜ?

    「でねー。もう半年くらい前かな。その七夕の夜のオーナーって言う人と知り合ってその日の夜にそういう関係になっちゃって、でもお忙しいみたいだからそれ以降は会って無くて……」
    「たっ、七夕の夜のオーナーが、この子の父親かっ!!!!」


     あ、あいつ、何をやってるんだ。
     営業って、昼間は何の営業をやってんだ、怖い、知るのが怖いんだけど、でもうちの家族が被害にあって、黙って泣き寝入りは出来ない。
     曲がりなりにも俺の知り合いだ。もう友人とは思いたくないが、顔を知っているだけに、自分までなんとなく罪悪感を感じてしまう。生まれてくる子のためにも絶対文句を言いに行ってやる!!


     翌日、俺はどんぶり屋の前にいた。中に入ると年とったオジさんとオバさんが、笑いかけてくれた。
    「どんぶりで昼ごはんすますと栄養が偏るよ~」
     商売する気があるとは思えない言葉を吐くこのご夫婦は、昔から善良この上ない。
     ということは、年齢も年齢だし、24時間スーパー七夕の夜のオーナーとして、我が姉をはらませた主犯は、間違いなくヤツだ。

    「あいつに逢いに来たんですよ。いますか?」
    「息子? あらー、今、仕事中なのよねえ、七夕の夜の……」
     ギクリとして俺が固まっていると、オジさんが店の奥の方に声をかけた。
    「おーい、トモダチ来てるけど、どうする? 手、空く?」
     裏でなにやらごにょごにょとやり取りがあり、なんと、奥からヤツが出て来た。顔には勝ち誇ったような笑みを浮かべ、
    「やはり来たか」
    と言う。


     なんでこんなに俺だけが謎に包まれているんだ。
     コイツの笑顔がこれほど気持ち悪いとは思ったことがなかった。
     すると、どんぶり屋の端に居た女性が不意にやつを見て挨拶した。
    「先生、いつもお世話になってます」


     はああ?
     こいつはスーパーの営業だけじゃないのか! 女性に一体何を、どんなお世話をしているというのだ!
     風俗か! ここは闇風俗の出入り口か!

     と思ったが、その女性の傍には、明らかに旦那らしき男と、二人の小さい子供が座っている。
     そして驚いたことに、その旦那でさえも、にこにこと笑って挨拶しているではないか。
     いつもありがとうございますぅ?
     旦那の笑顔は当たり前の社会人としての挨拶である。それに応えるヤツの笑顔も、憎たらしいくらいに普通に偉そうである。

    「いえいえ、最近どうですか?」
     ヤツが言うと
    「わりと調子いいです。ありがとうございます。そうですね、もしかすると主人が出張に行ってる間は寂しくなって目が覚めるかな……。お世話になるかもしれません。週末とか……」
    という、主婦のみだらな応え。


     俺が店を後ずさりながら出て行こうとするところを、ヤツに見つかった。

     ヤツは俺の体を掴み上げ、店の奥へと連れ込んでいく。
    「やめろ、俺は男だぞ!」
    「男も女も関係無い。男女雇用機会均等法を知らないのか」
    「ここに就職するくらいなら、AV男優になるーーー」



     俺が絶叫した後、その声が立ち消えた瞬間、むせるような高温多湿の部屋へとぶち込まれた。
     すっきりしたフローリングの清潔そうな床。白い壁。明るい光、あれ、潰れかけのどんぶり屋やド派手なスーパーの奥に、こんな学校のような優しい空間があったのか……。おばさんが一人、エプロンをして洗濯ものをたたんで……んん?


     広い部屋にはベビーベッドが並んでいた。加湿器、空気清浄機、エアコンがフル稼働している。
     そのベッドには、二人のまだ小さい赤ちゃんが寝ていた。

     呆然とそのベビーベッドを覗き込む俺の肩を叩いて、ヤツは言う。
    「この子はもうすぐ目を覚まして泣き出す。腹が減ってるからか、オシッコか? いや、違う。たんに寝てるのに疲れただけ。何もなくてもダッコしてやれば喜ぶ」

     その予知どおり、その子は目覚めて泣き出し、ヤツに抱かれると静かになった。

    「いや、あのさ、何コレ。いろいろわかんないんだけど」

     どうして保育所のようなことを隠れてやってるんだ。
     なんでスーパーなんだ。
     こんなにガラガラ状態なのに、何がブラック企業なんだ。
     どうして姉さんと……。


     やつは応えた。
    「俺がおまえの姉さんを? するわけないだろ、てかそんなヒマねえな。第一、俺はこの界隈じゃヒーローなんだぜ。誰かが俺の名をかたったんだろ。迷惑かけたんなら、今度会わせてくれよ、その姉さんに」

     俺は半信半疑でヤツの顔を見ていた。

    「俺の家はボロいけど一応合同会社。会社を設立する時に、まあ、業務の間口は広げておいたんだけど、アルバイトやパートを雇うことを視野に入れ、保育業務も業務内容に付け加えておいた。あくまで、従業員の労働時間確保のために必要な保育ね」


     ある時、ずっと夜泣きで困っているパートさんがいて、その人を助けるために何かいい方法はないかなと思ったんだよ。だって昼間の仕事に差し障るじゃん。
     アルバイトとか従業員の子供を保育するという許可は得ているわけだから、保育士さんさえきちんと配備していれば簡易保育所がわりにはなるわけ。
     でも、時間がね。
     深夜って、どういう事情があるのか良く知らないけど、みんな母親が寝ないで子供の夜泣きの相手してるのが現状でしょ?
     じゃ、夜にうちに連れておいでよ。その時間も営業してあげるから。営業中なら問題ないわけだから。

     ヒマなどんぶり屋が24時間営業って明らかに変だから、何か販売してたら……特にスーパーなら店構えにこだわる必要無いし。よし、真夜中にスーパー開けよう。困ってる従業員さん、みんなお子さんお預かりするからゆっくり家で寝てなよ。
     て、誘ったのが始まりで、そういうのよくわかんねーけど、法に触れると困るから誰も大っぴらには宣伝しない。けど、なんとなく口コミでアルバイトさんが増えちゃってねえ~。
     問題は、結局うちの店の従業員とか関係無く、夜中に子供預ってる状況ってこと。しかも最近は、夜中だけじゃなくなっちゃってねえ。

     実質、月に1時間働いてくれるかくれないか、って程度のアルバイトの名前がいっぱい……。そこんとこ、いろいろ税務署で言われそうだから上手く改ざん……うんうん、これ以上は言えないかああ。



    「だから、俺はガチの労働者のおまえにウチに来てもらいたい!」

     やつは言う。
    「最低賃金ギリの薄給、昼夜問わず労働、重労働、残業手当無し、通勤手当無し、社保なし、休みは固定せず適宜、勿論有給休暇なんて無い。唯一の恩恵があるとすれば、身内に乳幼児がいて預ける場所が無い時は、いつでも無料で預ってやる」

    「バッカ、そんな不当な労働条件を呑めるか! 俺は独身だぞ」


    「センセーって、呼んでもらえるぞ?」





    「……そ、それだけで、できるか!」



    「感謝されるぞ。涙流されたこともあるくらいだぞ」






    「……でも違法なんだろ? 何か事故があったら……責任が……そもそも子供に影響が……」

    「裁判や業務停止が怖くてやってられるか! いい事しても捕まる時代だぜ、何かあったら俺は、笑って留置場に入る」



    「う」
     姉の彼氏と、コイツがだぶるなんて、悔しい。

    「もちろん何も起こらないように、おまえは努力してくれよ。逆に言えば、おまえがいないと人手不足で何か起こるかもしれないぞ。いいのか、いいのか、おまえはそれでいいのか??」

    「そ、そ、そ……」

    「俺も精一杯安全には配慮する。おまえが必要なんだ! やりがいありますよ! おにいさん!」


     マジのブラック企業だ。
     何かあったら俺のせいにされるんじゃないのか。
     いやあってはいけない、許されないんだけど。


     でも、法律や条例がどうこうだけで反発くらうなら、その時は俺も笑って立ち向かう……

     ……予定。


     これもあいつの、ひとつの予知?




    <END>



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