短編集/コメディ系

七夕の夜はブラック 前編

     今日、高校時代からの友人のあいつに、たまたま会った。
     無視するチャンスを逸し、向こうから話し掛けて来るのを甘んじて受けた。

    「おまえ会社辞めたんだって?」
     何気に嬉しそうに訊かれた。

    「ああ、あんまりブラックだったんでやってらんねえから」
    「じゃあ、もっともっとブラックなウチに来ねえ?」
    「ん?アホか? て、おまえの家、どんぶり屋じゃなかったっけ? 継いでないの?」
    「ちがうのよ。俺今、センセーって呼ばれてんの」
    「センセ?」

     教師か? 家元、医者、議員、弁護士……どれも違う。ピアノでも弾けたっけな。

    「特技があり、人から感謝される仕事をすると、人は相手を先生という敬称で呼ぶ」
    「そうだわな」
    「つまり俺は感謝されてるんだよ」
    「ありえねえ」
     俺と同類か、それ以下の凡人が。

    「俺は予知ができる」
    「んが? ……新興宗教か?」
    「どうも詐欺師に似た類の印象を持っているような気がするが、それは違う」
    「占い師か」
    「占うという動作はない。すべて知っている」


    「ほぅ。なんか現実逃避しているのかな」
    「おまえも来いよ。『七夕の夜』に」

     七夕の夜。なんだ、キャバクラか?
     綺麗なフレーズだが、それはブラックな就業規則があって、なおかつ、うさんくさい詐欺師が先生と呼ばれている会社なのか。
     
    「おまえはもう、メンバーに入ることになってるんだよ、七夕の夜のな。俺にはわかってる」
     別れ際そう言われた。


     しかし、七夕の夜というものの、具体的な姿が全く頭に思い浮かばん。
     大体どこへ行けばよいのか、場所も連絡先も知らされてない。俺からあいつに、
    『すまんっ! どうしても七夕の夜に入りたいんだが、どうしたらいいんだ、教えてくれ!!』
    とでも懇願することが無い限り、やつの予想は外れてしまう。
     そう、予想としてですら確実に外れそうなのに、何が予知だ。
     入る気などさらさらない俺は、わざわざその名を検索などしなかった。


     家に帰ると、親父がおらず、母親がキッチンで立ち尽くし、姉がソファでテレビを見ていた。
     夜の10時、普段なら割と仲の良い俺たち家族は、一緒にバラエティ番組でも観てるのが常。でも、こういう日があってもおかしくはない。
    「とうさんはどこ行った?」
     俺がキッチンに顔を出して母に訊くと、「さあ、どっかで呑んでるんじゃない?」とため息交じりに言われた。
     マズイ、この空気は喧嘩してるのか。
     姉に向き直る。
    「親、ケンカしてんの?」
    「違うわよ。父さんも男。……男って弱いから」
     妙に世間ずれした言葉を色っぽく吐き出す姉に、目を細めつつ、隣に座った。
    「意味わからんし。なんか厭世的な気分なわけ?」
    「私~」
     姉はふと両手をお腹にやった。
    「産むわ」
    「…………」


     ちょ、ちょっと待て。
    「姉、俺に何を言ってる!」
    「父さんにも母さんにも言ったわ」
    「そうか、そういうことで、こういうことになってんのか。あほか、ちょっと考えてから喋れ。人の心臓握り潰す気か!」
    「あら、あんたの子じゃないわよ?」
    「当たり前だ!」

    「う、う、う、産むってまず、どういう……」
    「セックスをね……」
    「その辺は省いて良いから! もっと相手の事を、今の状況を説明しろ」
    「なあによ、父さんとおんなじ反応なのね。親子って似るんだわあ……」
    「感心してないで……」

     俺はもうすでに息切れしていた。
     姉は25歳。別に子供の一人や二人居てもおかしくはないし、恋人の子供ができて産みたいというのなら家族として反対はしない。いや、祝福しようではないか。
     なぜ、俺や両親がここまでアタフタしているのかと言うと、姉の彼氏はこの1年ほど留置場の中なのだ。

     そもそも、そういう悪い男と付き合っているから、ほかの男との間に子供を作ってしまうんだろう、なんて言うやつがいたら、俺はそいつをぶん殴ってやる。
     姉の彼氏はあまりに人が良すぎて、会社の上司の起こした横領の罪を被り、自分がやりましたと嘘を吐いたのだ。冤罪とわかっても上司に義理立てし、自白を翻そうとしなかった。
     その横領が発覚した当日、会社は仕組まれたかのように不審火に遭い、半焼してしまった。なんと事務のオバチャンの可愛がっていた野良犬が、事務所内のエサ置き場で寝ていて逃げ遅れ死んでしまった。
     運悪く犬嫌いで有名だった彼氏は、錯乱状態のオバチャンにあらぬ疑いをかけられ証言を拒否され、社員もなんとなく上司側についてしまって、四面楚歌。助けてくれる者なし。
     彼氏のしたことは、全く報われなかった。
     それなのに、彼氏は、
    「人が亡くなって無くてよかったっす」
    と言って「1年頑張って来まーす」と笑ったのだ。もっと賢い選択があったろうに……。

     そんな彼氏がもうすぐ出所してくるというのに、なんでおまえは妊娠してるんだ。
     なんで産むとか産まないとかいう話を……。まあ、彼氏に正直に話したとしても
    『そか、じゃ、一緒に育てよっか!』
    と喜びそうな顔が浮かんでしまうのが、かなしい。


    「ねえ、弟」
    「なんだ、姉」
     呆れて口も利きたくないくらいだが、だるい声で応える。
    「七夕の夜って、知ってる?」



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