短編集/コメディ系

残念なキューピッド 後編

     ベンチに座る凛の前に立ったが、俯く彼女に言葉をかけられなかった。仕方なく彼女の隣に腰を下ろした。
     凛は驚いてこっちを見ていた。オレは前を向いたまま横目で彼女を見ていた。
     赤らんだ顔と少しうるんだ目。微かに動く、もの言いたげな唇。
     ん、近くで見ると、新垣結衣に似てるとか関係なく、普通に可愛いような気がしてきた。
     ていうか、なんでそんなにオレのことじっと見てんだよ。なんかそっち向けないだろーが。
    「大野って……」
     凛はそのやわらかそうな唇を開いた。
     自分の名を呼ばれて、鼓動が強く打ち始めた。普通に話す時の声は可愛いよな……。
    「やっぱり、私、大野のこと……」
     え、ちょっと待て、なんでそんな苦しそうな顔をする? 眉を寄せて、目を細めて、そんな顔、しかも間近で見せられたら想像するだろ。これがもし布団の中だったら……あ、ちょっとヤバい。  凛はその苦しそうな顔で、吐き出した。
    「絶対やめてほしい、その名前。だってアンタ嵐じゃないし!」
     オレは息を吸ったまま、吐き出せずに呆然と凛を見ていた。
     ああそう。そうですか。ですよねー。そう簡単にヒトって変わらないですしね。可愛く見えたのも、目の錯覚かな。うん、そういうことにしておこう。
    「じゃあ、もうあだ名かなんか適当につければいいんじゃね。オーノがダメなら、オームとかオーラとかオーボエとか……」
     自分の気持ちを紛らわすかのように、ろくに考えもせずしゃべった。凛の顔も見ないようにした。
    「侑斗……」
     凛の口から、オレの名前が出た。思わず固まる。
    「あれ、知ってたっけ」
    「広野にきいた」
    「……………………そう」
     なんだ、なんだ、この気まずい雰囲気は。なに、これ、次どういう展開になってくの。いや、なんでオレ、ドキドキしてんの。名前呼ばれただけなんだけどー!
    「侑斗って、呼ぶよ?」
    「あ、うん……」
    「私のことは?」
     彼女は声を少し上ずらせて、小さな声で訊いた。見てみると、やはり少し恥ずかしそうな顔をしている。オレの耳に届くように、耳元に口を近づけて言った。
    「私の名前はね……」
    「凛……だろ」
     オレはドキドキしている自分が恥ずかしくて、逃げたいくらいだった。
    「知ってた? じゃあ、おまえって言わずに名前で呼んでよ」
    「……」
     呼べるか! 呼べるわけねーだろー。
     友人でも、恋人同士でもない、こんな緊張した関係で親し気に名前なんて呼べるかよ!
     しかし、凛は黙ってオレを見ていた。呼ぶまで待っているつもりか?
    「メ、飯、食いに行く?」
     オレは視線を逸らした。
     すると凛は数秒黙ってから、言った。
    「でも、私ダイエットした方が……」
    「あ、もう、それは、あの、オレの間違いだから」
     慌てて取り繕った。
    「気にすんな。痩せる必要ない。おまえは十分、かわい……」
     言ってしまってから、ゴクリと唾を呑み込んだ。
     凛は急にオレの顔を覗き込んだ。
    「侑斗……」
    「あ……いや……今のは……」
    「わかってるよ」
     凛は慈愛に満ちた目をしていた。
    「私が可愛いことはわかってるよ。可愛すぎて罪だなってちゃんと自覚してる。ただ、こんなに接近してあげるまで私の可愛さがわからない侑斗のこと、どうしたらいいのかなって」
    「え……」
    「かわいそうっていうか、もしかしたら私のコト高嶺の花って諦めてたんだなってやっと気付いた。ごめんね、すぐにわかってあげられなくて。でも、これからは仲良くしてあげるから。侑斗も勇気だして」
     オレはただ、自分の耳がおかしくなったのかなと思った。
     目の前の凛は当たり前のことを言っているという顔をしている。
    「聞け」
     彼女は突然だったせいか、少し瞬きしてオレを見つめた。
    「おまえは、自分で思ってるほどは可愛くねーんだぞ」
    「ええ!」
     凛は大げさに驚いた。
    「そんな、困った顔されてもな。いいか、おまえはせいぜい中の上くらい。そこんとこ、ちゃんと冷静に受け止めろ」
    「そうなのー? それじゃ、侑斗と変わんないじゃん!」
    「オ、オレは上の下くらいだ」
    「ちゃんと客観的に見なよ、自分のことー」
     そう言い返す凛の鼻先を強く押して潰してやった。
    「オレはいいの。顔より性格で売ってるから。おまえは……り、凛は……」
     凛はオレの指を払い、ププッとふきだして笑った。
    「マジで受け取ってるし、バッカみたい。私のことどんな目で見てたの?」
    「……冗談かよ」
    「やっぱり、侑斗は見た目と違って頭固いよね。女子に面と向かって可愛くないなんて言う人初めてー。もっとスルーしよ。人生、リラックスリラックスー」
     楽し気に笑う凛を見ていた。
     無性に腹が立つ、はずだった。それなのに、なぜか胸に温かいものを感じた。
    「リラックス……してもいいのかよ、こんな時に」
     オレがそう訊くと、「こんな時?」と普通に訊き返された。
     勝手に顔が赤くなる。思わず俯き足元を見つめた。
    「ね、侑斗」
    「ん?」
     呼ばれて少し顔を上げた。
     凛はまるで子猫のようなあどけない目でオレを見ていた。
    「リラックスするのはちょっと置いといて、まず考えよっか。侑斗はそのままじゃダメだから」
    「え?」

     翌日オレが朝から報告書を書いていると、広野が隣の席にドカッと座った。
     オレはチッと舌打ちして、広野を横目で睨んだが、すぐに視線を戻して報告書に向き直った。
    「なあなあ、大野ぉ~」
     また始まったか、と半ば呆れて無視していた。
    「昨日、凛ちゃんとどうなったの?」
    「は?」
     オレは驚いて手を止め、広野を見た。
    「おまえの気持ち、少し前に凛ちゃんに伝えといた」
    「え、何を……」
    「まあまあ、黙ってお聞き。凛ちゃんに連絡入れたのよ。『大野って6時ごろ仕事終わると、いっつも一人寂しくコンビニ通いなんだよ。駅前の薬局の隣のコンビニだよ』ってね」
    「な、何余計なこと言ってくれてんの」
     オレは広野の言葉をきちんと消化できないまま、呆然と広野の顔を見つめ続けた。
    「大野は自分から好きとか言えないから、いつでもいいから適当に誘ってやってよって言っといたんだけど、どう?」
    「えええ……」
     体が震えるような困惑に襲われてた。
     広野は言葉を失くしたオレを見ていたが、「あれ?」と言った。
    「なんか雰囲気違うと思ったら、髪切って染めたんだ。超サワヤカ。高校生みたいだぞ」
    「……昨日、連れてかれたんだよ、遅くまでやってる美容室に」
    「すげー可愛いな。結構おまえ、似合ってるよ。誠実そうに見える」
    「“誠実そう”ってなんだ。ちゃんと誠実だわ」
    「だからキスまでにしといたの?」
     オレはスッと広野の前に立ち、ヤツを見下ろした。
    「おまえ……。どういうことだ。なんで凛とそーゆー話してんだよ。騙したのか? 二人してオレを嵌めたのか? ドッキリか?」
    「ちがうちがう」
     広野は遠心力で目が飛び出そうなほど、首を左右に振った。
    「オレはね、ただのキューピッドだよ」
    「キューピッドだああ?」
     オレは広野の両肩に手を置いた。
    「ならば、その羽そぎ落として、小便小僧にしてやろうか!」
    「いや、似てるけど~」


    <END>



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