相似

#4

     寿友は夕方五時過ぎ、立派な一戸建てである赤撞の家に着いた。いつものことだが、家族の中では誰よりも早い帰宅だった。
     彼の義父が帰るのは、夜遅いことが多い。母は主婦だが、料理や、何々アレンジメントの類の教室に毎日通っていて夕方は不在。ただ、彼女は新しい息子の早采に気を遣い、彼が部活から帰ってくる六時過ぎには、できるだけ家に居るように努力しているようだった。

     家に誰もいないことを確かめてから、寿友は早采の部屋に入った。
     彼の机の引き出しに手をかけて引っ張ったが、カタ、カチャという音がして動かない。どれにも鍵がかかっている。
     舌打ちして部屋を出ると、ちょうどドアホンの呼び出し音が鳴った。モニタで確認すると、男が小さなダンボール箱を抱えている姿が映っている。どうやら宅配業者のようだ。
     寿友は呼び出し音が鳴り続けても、そのまま放っておいた。自分が頼んだものではない。

     キッチンに入った寿友は食器棚の奥に手を突っ込み、封筒を探り当てた。
     彼の母親は昔から同じ場所に金を隠す。家が変わっても、夫が変わっても、することは同じだ。
     寿友は封筒を元に戻しておいた。
     例え封筒の金が減っていたとしても、寿友への罪悪感から咎めることはしない。そんな母親だ。

     それから半時間ほどしてまたドアホンが鳴った。
     宅配業者が引き返してきたのかと思ったが、呼び出しは一度鳴っただけで続かなかった。業者にしては遠慮しすぎている気がした。自室で雑誌を読んでいた寿友は部屋を出た。
     ドアホンのモニターは、家族の共有スペースの何か所かの壁に、はめ込んである。ハンディタイプもあり、手元でも確認もできた。
     ダイニングテーブルの上にあるドアホンの子機を持ち上げた寿友は、眉間に皺を寄せて画面を見つめた。寿友が応答すると、相手はパッと顔を明るくして口を開いた。
    『突然すみません、私、ジュウくんと同じ学校の仁科ですが……』
    「ああ……」
     寿友は低く小さな声で応えた。その声の感じで、玄関先の相手は、本人が出たと気付いたらしい。
    『よかった、居てくれた! いきなりごめん、もらってほしいものがあって来たの……』

     転入したばかりの先月、副担任の矢野と仁科千郁が話をしている所に、寿友がたまたま顔を出したことがある。
     矢野は英語クラブの顧問だった。そして千郁はその部の部員。その二人と、一言二言話しただけ。ただそれだけの接点しかない。それなのに何故か、寒くうす暗いこの時刻に、彼女は玄関先まで来ている。

     一瞬、学校での不快な噂が寿友の頭をよぎった。
     彼が千郁に告白してフラれたとか。
     ありえなさすぎて、笑ってしまう。

     寿友はドアを開け、門の前まで出て行った。
     千郁は割と大きめの紙袋を手に提げていた。これ、と言って袋を指してはいるが高く持ち上げる事はできず、目線で訴えているだけ。見るからに重そうだった。寿友は仕方なく門を開けて紙袋を受け取った。
     寿友が黙ったまま中身を見ていると、窺うように千郁が言う。
    「矢野先生から、赤撞くんが1年の教科書を揃えてないって聞いて……。残り二、三カ月だし買うのも勿体ないだろうな、って思って持ってきてみたんだけど……」
     寿友はその問いには答えないまま視線を上げた。
    「買わなくても、前の学校のがある」
     それだけ言った。
     微妙に困った顔をする千郁に、寿友はありがとうとは言わなかったが、紙袋を突き返すこともしなかった。



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