相似

#1 11月29日水曜日

     灰皿の上で炎が上がる。
     背中を丸め、テーブルの上のものをじっと見つめる寿友(じゅう)の頬に、ゆらゆらと赤い影が泳ぐ。
     彼の歪んだ笑みが消える前に、玄関のドアの開く音がした。
    「ただいまー」
     張りのある、よく通る声が家の中に響く。
     寿友はその声を聞くと、スッと立ちあがり、灰皿の火を消すことも無く自分の部屋に入った。

     学校から帰って来たばかりの早采(さとる)は、静かな家の中で響く自分の声に、「なんだ、誰もいないんだなー」と独り言を言った。
     部屋に行く前にキッチンに入ると、冷蔵庫から水を取り出し、喉をゴクゴクと鳴らして飲む。そしてペットボトルに口をつけたままリビングを通り抜けようとして、驚いて足を止めた。
    「うわ!」
     テーブルの上で炎が立ち上っている。
     急いでその火を消そうと、飲んでいた水を持って近づいた時、さらに声が出ないほど驚いた。
     灰皿の中で燃えていたのは、母の形見の品だった。

     それは早采が幼い頃、母が病床でハンカチに SATORU と刺繍してくれたもの。彼がいつもデスクの引き出しに入れて保管していた、とても大切なものだ。
     慌て過ぎて手を出し火傷しながらも、なんとか水で消火したが、黒く焦げ、半分以上が炭になってしまっていた。
     濡れて生温かいそのハンカチを握りしめ、早採は涙を止められずにテーブルの前でうずくまった。

     そんな早采の背後で人の気配がした。
     泣きながら振り返ると、彼をじっと見ている寿友がいた。
    「ジュウ……」
     情けない声を出す早采を見て、寿友はフンと鼻をならす。
    「なあ、ジュウ、これ……」
    「しらねーし」
     寿友はそれだけ言うとキッチンへと消えた。ガサガサと音がする。
     急いで早采もキッチンの入口に走り寄り、寿友に向かって口を開いた。
    「ジュウ、燃えてたんだけど、おまえ、知らな……」
     早采は、そこで、寿友が1万円札を数枚手にしているのを見ると、声が出なくなってしまった。
     食器棚の扉が開いていて、封筒らしきものがそこから覗いている。
    「その金……」
     早采が言うのを無視して、寿友は彼の傍を通り抜け、鞄を掴んで玄関へと向かおうとした。
    「待てよ、ジュウ。このハンカチ、おまえが燃やしたんじゃないよな?」

     寿友は早采の声に立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
    「サトル」
     寿友は、同い年の兄の名を呟く。
    「おまえの方が先に仕掛けたくせに、なに言ってるんだ」
     頬に引き攣った嗤いが浮かんでいた。

     早采は、寿友が家を出て行くのを呆然と見送った。
     そして涙を拭うこともせず、手の中のハンカチに視線を落としていた。



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