迷宮プリンセス

第6話 知り過ぎている知人

     つまり、今現在、個人情報を知っているのは江坂蹴だけだ。
     年に一度年賀状でやり取りするだけの古いクラスメイトの連絡先を、ピックアップする必要性もあまり感じなかったので、蹴の連絡先をぎこちない手つきでスマートホンに登録する。

     もう既に、両親と浩四郎と千里室長、そしてKの番号などは入っていた。
     そこに並べて”江坂蹴”と入力しかけて手を止めた。


     だめだわ。
     だって、……彼は男性だもの。

     蹴は蹴なのだが、残念ながら性別はオスだ。
     佳波は、男性の連絡先を自分の携帯に入れることに強い抵抗を感じた。

     でも仕事のことで連絡する可能性は大だし……と考え、
     それでも男性だし……と手を止め、
     また、でも悪い人ではないどころか自分のサポートをしてくれている人じゃないの……と思い直し、
     しかし男性だし……と悩む事、数十分。

     結果、『SS緊急連絡先』という名前で、蹴の情報を入力した。
     それでも入力が終わっても、ドキドキしていた。

     男性……男性……、ああ、大丈夫でしょうか、神様!

     佳波は一人で罪悪感に悶えては、顔を紅潮させていた。



     吹田佳波に秘書という名の”お目付け役”がついたことなどまるで知らない江坂蹴は、その日の夜、普段とさほど変わらぬ時間帯の19時頃に帰宅した。

     彼は会社から一駅離れた狭い狭いアパートに独り暮らしをしている。
     間取りは1K。4畳半の居間、そして2畳ほどの小さいキッチンに、風呂とトイレ付。
     とにかく古くて、壁も床もキッチンも全てボロボロだった。
     いくら綺麗に掃除していたとしても、とてもではないが、他人を呼べる場所ではない。
     ただ、旧知の仲と呼べる者は、例外である。
     ドアを開けたが最後、蹴がいくら断ろうとも勝手に入り込んでくる。
     それはまるで家宅捜索の令状でも突きつける刑事のように、コンビニの袋を持ち上げて「来たぞ」と言う。

     この日は千里から忘年会の話をされて、ひどく落ち込んで帰って来ているだけに、どんな客が来ようと決して開けないという覚悟を持っていた。
     さっさと風呂に入って寝る。
     そう決めていた矢先、パンツ一枚でパジャマと下着とタオルを抱えて震えている蹴の耳に、さび付いた鐘のようなガンゴ~ンというチャイムが聞えてしまった。

     恐る恐るドアの覗き穴から外を見ると、何かお弁当の包みのようなものが視界を塞いでいた。
     玄関の外にいる者は、顔の前にそれをかざして、顔を隠しているのだ。
     こういう卑怯な手段でごまかそうとするのは、あいつに決まっている。

    「今から風呂。来るならあと30分後で」
     蹴がそう言ってドアから離れようとすると、カチャという音がしてビュウウウウと冷たい風が部屋の中に吹き込んできた。
    「待て待て、おまえなんで合鍵持ってるんだ!」
     蹴が寒さに縮こまり、その場で小さくダルマのように蹲って叫ぶと、相手は平然と部屋の中に入りドアを閉めた。
    「蹴のお母さんに借りたの」
    「か、借りた?」
    「そう、はい、これお母さんから夕飯の差し入れでーす」
     寒くて全身に鳥肌がたっている蹴の鼻先に、風呂敷包みの三段くらいの重箱弁当が押し付けられた。
     思わず弁当を放り投げてやろうかと思うくらい、イラッとした蹴だが、ぐっとこらえて包みを受け取り、相手を睨みつけた。

    「受け取ったぞ。だからおまえは帰れ、梅田!」
    「ええー、その量、一人で食べるの?」
    「今の時期、明日の朝でも腐らないから。おまえはとにかく帰れ」
     梅田と呼ばれた女性は、背の高い均整の取れたプロポーションで、可愛らしい笑顔を見せる。
    「30分、ここで待つよ」
    「はあ?」
    「それとも先に食べてていいかなー?」
    「おまえ、それでも女か! 裸同然の男の前で実家にいるみたいにくつろぐな! おまえはただの小・中の同窓生なだけ、クラスメイトでもなかったんだからなっ!」
     ボーイッシュな短い髪の似合う梅田愛葉(うめだまなは)は、何を言われても笑顔を崩さない。
    「あの頃はあんまり喋ったことなかったけど、まあいえば、オサナナジミ、ってやつじゃん」
    「いやいや、知人止まり」
    「もういいから、そんなこと言ってる間に早くシャワー浴びておいでよ。風邪ひいたらキスしてあげないよ」
     蹴は唖然として睨み返した。
    「おまえ、俺の彼女なの?」
    「そうだよ? 何言ってんのー? 親公認の仲じゃん」

     蹴はふと思いついたように、携帯電話を鞄から取りだし、電話をかけた。
    「あ、千林(せんばやし)? 今からうちに来い。梅田がいる。ついでに三国(みくに)も連れて来い。とにかく、食いものはあるから」
     梅田愛葉は不満気に眉間にしわをよせた。
    「男2人呼んでどうするの」
    「危機感を感じたら、さっさと帰れ」
     千林と三国は梅田と友人で、彼女に危害を加えるつもりなど毛頭ないが、何が一番ネックかというと、この狭い部屋に4人というのは定員オーバーなのである。
     梅田には早く出て行け、といいたかったのだが、逆効果だったようだ。
    「危機感? ナイナイ。それより、二人が到着する前に、することしちゃおっ」
    「すること……」
     ほらほら、と梅田愛葉は蹴をシャワー設備だけの狭い半畳ほどの風呂場に連れて行く。
    「え、あ、ああ??」
     蹴の手から無理矢理タオルや着替えなどをもぎ取って、パンツ一枚姿の彼を、風呂の壁に体を押し付けた。
    「!!つっつめたっ!!!」
     あまりの冷たさに前のめりになる蹴の体を、梅田は見事にキャッチして、彼の唇をぱっくりと戴いた。
     仰天し、蹴の体は動くことができず、されるがままになっている。
     梅田は慣れた仕草で、蹴のパンツを下ろし、自分もさっと服を脱いでいく。



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