迷宮プリンセス

第3話 悪夢の忘年会

     しかしながら蹴にしてみれば、佳波の取るだろう態度は、今回もほぼ想定内のものだった。
     わざととぼけてスルーしているわけではないし、親のせいにして遠回しにデートを断っているというわけでもない。
     嫌なら嫌、困るなら困る、そうハッキリ言える人だと思っている。
     良くも悪くも、相手の気持ちより自分の都合を優先して答えるクセがついているようだ。
     いや、自分の都合というより、吹田家の都合、というべきだが。
     
     彼女があんな考え方をする理由は、今までに普通の友人関係を築くチャンスがなく、相手の気持ちになって考えるという作業が不得手なのに違いない。
     親の考えが絶対で、全ての基本はそこにあるという風に考えるよう躾けられてしまったのかもしれない。
     どちらにしろ、そんな彼女の対応に引き下がってばかりはいられない。

     蹴は食事に誘ってみようと考えていた。
     その時に、何か気の利いたプレゼントでも用意できればいいが、経済的な面で言えば、いくら高いものをプレゼントしたところで屁とも思われないに違いない。
     ならば、彼女の本音を聞き出す以外方法が無い。

     そろそろ強引にでも扉を開けたい。
     突破しなければ、いつまでも前に進めないのだ。


    「20日の金曜の夜は空いてる?」
     蹴が訊くと、佳波は首を振った。
    「何も予定はありませんが、早く帰宅しなければダメなんです」
     蹴は眉根を寄せた。
    「ダメ? 今回も……?」
    「はい。ごめんなさい」
    「じゃあさ、もし別の日だったら……どう?」
    「それが浩四郎との約束があって……」
    「え? コウシロウ、……って?」
    「箕面浩四郎です」

     佳波は平然と答える。
     いやいやいや、と心でツッコミを入れてから、蹴は口を開いた。
    「フルネームを訊いたんじゃないよ。……吹田さんとその人、どういう関係?」


     どういう関係?
     佳波は、どうしてそんなことを訊かれるのだろうと首を傾げた。
    「イトコです。最近残業が多くて私のこと見てられないけど、約束どおりにちゃんと早く帰って来るんだよって言われていて」

     蹴は微妙に唇を動かし、言いたい言葉を呑み込んで、できるだけ優しい声を出した。
    「イトコとそんな約束するかな普通……。それって、もしかしてただのイトコじゃなくて……」

     その言葉と同時に、近くの階段から話し声が聞えてきた。

     思わず二人がそちらを向くと、彼らが所属するSS(店舗管理チーム)の責任者である千里亮人(せんりあきと)室長と、今年の4月にSSからPP(商品企画チーム)に異動になった豊島沙穂(てしまさほ)が並んで階段を上ってきた。

     蹴はそれ以上会話を続けることができなくなった。
     というのも、吹田佳波は言わずもがなの特別扱い”VIP”だ。困らせるようなことをしていたら、上司にどんな咎めを受けるかわからない。
     しかも千里だけでなく、苦手な豊島沙穂も一緒だ。できるだけ顔を合わせたくない。
     彼はすぐにその場を去った。


     階段を上ってきた千里と豊島は、佳波を見つけるとにこやかに声をかけてきた。
    「吹田さん、今度SSの忘年会やるから、江坂くんに幹事するよう言っておいて」
     千里はそう言って、傍にいる豊島を見た。
    「私もおジャマするね」
    と豊島は言う。
     佳波はその時初めて、蹴がその場から消えていることに気付いた。
    「あ、はい」
     戸惑いながらも、とりあえず伝言を頼まれたということで、頷いた。
    「彼に私のところに電話するように伝えてね」
     そう言う豊島は、赤い口紅が艶やかで、魅惑的な笑みを見せた。
    「……はい、伝えます」


     佳波はフロアの入り口で『店舗管理チーム』という小さなプラスティックのプレートがかけられたクリスマスツリーを見ていた。
     クリスマスか。友人たちは家族や恋人と楽しく過ごすらしい。一般的にそういうものらしい。
     でも、佳波の場合、家族でクリスマスはありえない。
     父と母は普通に仕事だろう。
     大体和菓子屋にクリスマスなんていうイベントは必要ないというか、業務妨害的なイベントだ。
     昔から家族でキリストの誕生日を祝う習慣は無い。
     いつも一人きりで過ごす。
     今年は去年同様、浩四郎と二人でのクリスマスになるだろう。

     その佳波の後方から、1年先輩の岡本小実(おかもとこのみ)の声がした。
    「あら~、吹田さん、ツリーを呆然とご覧になってる様子からして、クリスマスのご予定がつまってらっしゃるんでしょうねえ。うらやましいなー」
     岡本は化粧室で直してきたばかりのキラキラの唇を突き出してわざとらしい敬語を使う。
     佳波は驚いて振り返り、慌てて大きく首を横に振った。
     すると、岡本の傍にいた庄内鈴花(しょうないりんか)も同調する。
    「当たり前でしょ、社長令嬢だもん。婚約者候補の素敵な男性に囲まれたパーティーが待ってるに決まってる」

     佳波の傍を通り過ぎながら二人は、彼女にはっきり聞こえるようにこう言った。
    「江坂くんは、誰と過ごすのかしらねー」
     二人はクスクスと笑い、目の端で佳波の様子を見ながら遠ざかっていった。

     江坂蹴……?
     佳波はゆっくり動く頭の中で、さっきクリスマスの話題を口にしていた彼の事を思い出していた。

     彼を客観的に観た時、
     快活だし、よく気がつくし、仕事は早いし、スッキリした美形だし、引き締まった体躯で背も高いし、どう考えてもモテるのではないかと思われる。
     それなのに、なぜか彼女はいないと言い張る。

     本当はもう、豊島沙穂と付き合っているのではないのだろうか。
     以前から気にかかっていたそんな疑問がじわじわと頭の中に広がる。

     ズキンと胸が痛む。
     何だろう、この痛みは。
     悲しい気持ちでいっぱいになる。

     あの豊島の蹴への親密な態度は、普段から滲み出ていて隠そうとしても無理がある。
     火の無い所に煙は立たない。
     佳波はぶるっと体を震わせた。
     蹴は、豊島とのことは悪い噂だと否定していたけれど、今回の忘年会の割り込みといい、蹴と豊島の絡みが多過ぎる。

     22年間彼氏無しの彼女の脳内には、恋愛に関する基礎知識が欠けていて、総合的な判断ができなくて困っていた。

     不安だった。
     遠くない未来、彼は、佳波の傍からいなくなってしまうのではないだろうか。



    次の話へ≫ / 小説一覧に戻る≫

入口に戻る≫ / このページのトップへ▲