迷宮プリンセス

第2話 謎解きのエブリデイ

     江坂蹴が世話好きで、面倒見が良いのは、佳波に対してだけではない。
     他の同期や後輩の相談に乗ったり、ストレス解消に付き合ったりもしている。
     頼られれば何でも引き受ける『委員長』または『主将』気質に違いないと佳波は思っていた。

     振り返ってみれば、お花見、プール、映画、飲み会、ボーリング、サッカー観戦などなど、この2年で毎月のようにイベントを企画してくれている。
     ただ、佳波はすべて丁重にお断りしてきた。

     せっかくの懇親会の誘いを断る理由は、ただ一つ。
     佳波の家族の許しが無いからだ。



     佳波の父と母は一人娘の彼女を溺愛している。
     よって、年頃の娘に良からぬ虫がつくことを最も危惧していた。
     本当なら大豪邸から、一歩も外に出したくないほどに心配だった。

     娘の人生を全て管理しておきたいとまで考えていたが、いかんせん仕事が忙しく隅々まで目を配ることが困難な状況。
     そこで佳波が就職したのを機に、彼女の従兄である箕面浩四郎(みのおこうしろう)を吹田家に住まわせることにした。
     一風変わった男だが、大きな体に恵まれ柔道の有段者であり、さらに性格も生真面目なので、大事な娘の護衛には最適だと吹田夫妻は思ったのである。

     しかし、それだけではまだ不安だった。
     何かほかに別の対策も必要だ。大事な娘を守るために信頼できる誰かが必要だった。

     そんな過剰な心配をする佳波の父と母が、夜や休日に娘が外出することに対して、口だししないわけがなかった。
     若い男と酒を呑むことが疑われるような会合に、決して娘を行かせなかった。
     吹田父は、常日頃からこう言う。
    『いいか、業務以外の時間に、浩四郎以外の男と口をきいてはならん!』
     
     無茶苦茶な命令に聞えるが、父親としては偽らざる本音だった。



     その日は、今年もあと2週間ほどで終わりという寒い日で、佳波の仕事もてんこ盛り状態だった。
     一息つく時間を見つけて、彼女は自販機で温かいほうじ茶を買おうとしていた。

     その自販機が設置されている廊下で、蹴が佳波に声をかけてきた。
    「吹田さんってさ、なんか楽しみあるの?」

     佳波は手に100円玉をもったまま、動きを止めた。
     一瞬ナチュラルにバカにされたのかと思ったのだ。
     ただ、蹴の顔には嘲笑するような表情は浮かんでおらず、ただの質問のようだった。
    「やっぱり、楽しみ無さそうに見えますか?」
    「いや、ごめん、そういうわけじゃあ……」
     蹴は慌てて訂正した。

    「そうですねえ、楽しみですかあ……?」
     佳波は少し考えてみた。
     普段何が楽しみかと訊かれたら、会社で仕事をしている時間だった。
     両親の呪縛から逃れられる唯一の時間だ。
     しかし、仕事で失敗ばかりしている人間が、その尻ぬぐいをさせている人を相手に、そんなことを堂々と言えるはずがない。

    「好きなこととかモノとか……どういうカテゴリーが吹田さんの好みなのかなあと思って。2年ちかく一緒に仕事してるけど、吹田さんって謎が多いからさー……」
     そう蹴が言うので、佳波はさらに首を捻った。
    「うーん、自分部屋の整理整頓でしょうか……。あと日めくりカレンダーをめくるのが好きです。それと、めったにないんですけど、家の中で溜まったホコリを見つけて掃除するのが快感で……」
    「あ、いや、そういうんじゃなくて、ほら、もうすぐクリスマスだから何か欲しいものとか……」
    「プレゼント交換でもするのですか?」


     江坂蹴は天井を見上げて「うーん」と唸った。
    「ちょっと違う……」
     そして額を押さえて考え込んだ。

     目をパチクリしてぽわんと蹴の顔を見ている佳波の表情から察するに、どうやら『今回はクリスマスパーティーでも企画してるのかな』とでも考えているようだ。


     一体どうアプローチすれば、この不思議なお嬢様の牙城を崩せるのだろうと蹴は考える。
     初めて逢った時から佳波は、蹴にとって、入口も出口も見つからない大迷宮のような存在だった。
     大きくて煌びやかで眩しいけれど、なんとなく現実味がなく、とっかかりが掴めない。

     そう、最初は普通に接していて何かわからない違和感を感じ、
     次に、結構長い時間一緒にいるのに意思疎通が難しいことに興味を持ち、
     吹田佳波がとんでもないお嬢様だとういう点に気付いてからは、その揺るがぬペースに更なる興味を抱き、
     気が付けば、何とかこちらを向かせようと必死になっている自分がいた。

     今まで何度デートに誘って却下されたことか。
     お花見、プール、映画、食事、ボーリング、サッカー観戦……。
     ご丁寧に、
    『私はパパから、会社の責任者不在の個人単位の催し物には、参加してはいけないと言われていますので』
    と意味不明なお断りを入れられる始末。
     そんな断られ方をされたのでは納得がいかない。

     蹴はそこまで執着する理由が自分でもわからなかったが、断られれば断られるほど、近付いてみたくなる性分だった。
     難問や難題は、その難易度が高い方が、答えを見つけ出すことが楽しいものだ。
     社内の好奇の目など気にならない。
     無謀なチャレンジだよという言葉にも、耳を貸さない。
     叶わない夢も、届かない努力もない。
     根気よくやって成果の出ない事など、この世には無いのだ。



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