相似

【あらすじと目次】

●あらすじ●

<PG12> 12歳以下の方は成人同伴者の了承の元にお読みください。
血の繋がらない兄弟である早采(さとる)と寿友(じゅう)。
無意識の悪意と行き過ぎの善意との間で、軽率な行動を取ったため、お互いの大切なものを壊してしまうことに。
修復できない憎しみ合いののちに、何が待っているのか。
突然家族という檻に閉じ込められた二人の感覚は、うねって迷って徐々に近づいてゆく。
#1=1000字程度、中編、現在連載中。#1〜#21 で終了予定。(最新:#4)

 

●目次●

#1 / #2 / #3 / #4 / #5 /
#6 / #7 / #8 / #9 / #10 /
#11 / #12 / #13 / #14 / #15 /
#16 / #17 / #18 / #19 / #20 /
#21 / 

 


#1 2017年11月29日水曜日

 灰皿の上で炎が上がる。
 背中を丸め、テーブルの上のものをじっと見つめる寿友(じゅう)の頬に、ゆらゆらと赤い影が泳ぐ。
 彼の歪んだ笑みが消える前に、玄関のドアの開く音がした。
「ただいまー」
 張りのある、よく通る声が家の中に響く。
 寿友はその声を聞くと、スッと立ちあがり、灰皿の火を消すことも無く自分の部屋に入った。

 学校から帰って来たばかりの早采(さとる)は、静かな家の中で響く自分の声に、「なんだ、誰もいないんだなー」と独り言を言った。
 部屋に行く前にキッチンに入ると、冷蔵庫から水を取り出し、喉をゴクゴクと鳴らして飲む。そしてペットボトルに口をつけたままリビングを通り抜けようとして、驚いて足を止めた。
「うわ!」
 テーブルの上で炎が立ち上っている。
 急いでその火を消そうと、飲んでいた水を持って近づいた時、さらに声が出ないほど驚いた。
 灰皿の中で燃えていたのは、母の形見の品だった。

 それは早采が幼い頃、母が病床でハンカチに SATORU と刺繍してくれたもの。彼がいつもデスクの引き出しに入れて保管していた、とても大切なものだ。
 慌て過ぎて手を出し火傷しながらも、なんとか水で消火したが、黒く焦げ、半分以上が炭になってしまっていた。
 濡れて生温かいそのハンカチを握りしめ、早採は涙を止められずにテーブルの前でうずくまった。

 そんな早采の背後で人の気配がした。
 泣きながら振り返ると、彼をじっと見ている寿友がいた。
「ジュウ……」
 情けない声を出す早采を見て、寿友はフンと鼻をならす。
「なあ、ジュウ、これ……」
「しらねーし」
 寿友はそれだけ言うとキッチンへと消えた。ガサガサと音がする。
 急いで早采もキッチンの入口に走り寄り、寿友に向かって口を開いた。
「ジュウ、燃えてたんだけど、おまえ、知らな……」
 早采は、そこで、寿友が1万円札を数枚手にしているのを見ると、声が出なくなってしまった。
 食器棚の扉が開いていて、封筒らしきものがそこから覗いている。
「その金……」
 早采が言うのを無視して、寿友は彼の傍を通り抜け、鞄を掴んで玄関へと向かおうとした。
「待てよ、ジュウ。このハンカチ、おまえが燃やしたんじゃないよな?」

 寿友は早采の声に立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「サトル」
 寿友は、同い年の兄の名を呟く。
「おまえの方が先に仕掛けたくせに、なに言ってるんだ」
 頬に引き攣った嗤いが浮かんでいた。

 早采は、寿友が家を出て行くのを呆然と見送った。
 そして涙を拭うこともせず、手の中のハンカチに視線を落としていた。




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#2 2017年11月30日木曜日

 校舎の裏手にあるゴミ焼却炉の前で、数人の男子生徒が集まっていた。
「実テ、サトルがまたトップ取ったな」
「順当でしょ」
 白い空からチラチラと降ってきた雪に、皆は顔を見合わせた。ゴミ箱一つ抱えて外に逃げて来たものの、そろそろ教室に戻らねばならない。午後の授業の後の掃除時間も終わり、ホームルームが待っている。

 俺の席、ジュウと近いんだよ。教室に帰りたくない。
 わかる。暗いし、頭も悪いし、キモイ。怖い時ある。
 サトルにあいつの事、なんとかしてもらえないのか? 同じ家に住んでるんだろ?
 かかわりたくないだろー。
 だよな。
 ジュウが持ってる教科書、前の学校のらしいけど、ラクガキだらけだった。
 俺も見た。マジックですげー書かれてた。
 やっぱり、前の学校でも嫌われてたんだな。


 冷たい風に顔をすくめながら、女子たちが連れだって校舎を出て来た。
「2年の仁科千郁(にしな・ちふみ)が、赤撞(あかつき)弟に告られたってよ」
「ジュウのこと、アカツキオトートとか言う呼び方やめろよ。サトルと兄弟なんてマジ許せないんだけど」
 学校から駅へと向かうスクールバスに乗り込み、周囲の生徒たちをはばかることなく、大声で話す。

 仁科、誰にでもいい顔するけど、あのジュウの相手までしてたんだ。
 バッカ、違うに決まってんじゃん。
 仁科はサトル狙いなんだよ。
 ああ、赤撞兄狙いか。
 だから、サトルとジュウをひとくくりにすんなって。
 確かに他人だもんな。でも、しょうがないじゃん、同じ名字だし。
 同じ名字ってだけで、全くベツモノ。
 超グロメン。生理的に無理。
 アレって、性格がそのまんま顔に出てない?


 職員室で1年4組の担任と副担任がコーヒーを飲みながら談笑していた。
「そういえば、転入してきた赤撞は、2組の赤撞早采の弟なんですね。仲は良いんでしょうかね」
「いいわけないだろう。あんなに違うんだから」
 教師の多くは職員室から出払っていたせいで、二人の舌は滑らかだった。

 再婚なんですか?
 ああ。ジュウの母親と話をしたが、スピード婚ぽいな。
 だから、ジュウはいろんな事が受け入れられないのかな。態度が気になりますね。
 単に嫉妬だろ。サトルは友人も多いし成績も良いからな。
 母親の再婚相手の息子が自分と同い年なんて、複雑でしょうねえ。
 比較されて、劣等感の塊になってんじゃないか?
 ちょっとかわいそうになってきました。
 かわいそうなのはサトルだろ。あんな不気味な弟いらない……あ、ヤバ、今のはオフレコな。
 大丈夫ですよ。みんなそう思ってますから。



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#3 2017年12月15日金曜日

 初田暎(はつた・あき)はバスから降りると、赤撞早采と待ち合わせている店へと急いだ。普段、学生服とリュック姿でその店に入ると何かと嫌な顔をされるのだが、早采が先に待っていれば大丈夫だ。
 その小さなジュエリーショップは昔からこの土地で営業している老舗で、高級品を多く扱う。そもそもジュエリーショップと呼ばれているのは最近改装したせいであり、今現在も看板はA貴金属店である。
 なので、学生のように金にならない客は上手く追い出されてしまう。もっと安いものを売っている店へ行けと言いたいらしい。
 暎が、そろそろと店の外から中を覗いていると、不意に扉が開いた。少し年配の女性の店員が、その重い扉を半分だけ支えるようにして開けている。店員は暎の前に立ちふさがり、見下ろしていた。
「何かご用でしょうか」
 クリスマスが近いこの時期の夕刻、冷やかしに近い客は困るといわんばかりの目つきをしている。
 ふつうなら、いらっしゃいませだろ、と暎は思いながらも、笑って答えた。
「ここで赤撞くんと待ち合わせてるんだけど」
 店員はピクと目元を動かしたが、大して表情も変えずに、後ろへ数歩下がり、暎を店内に招き入れた。
「どうぞ」
 店の中に進むと、既に早采が店員の勧める商品を手に取っていた。彼は暎に気付くと、いつものように静かに笑う。ちょっと坂口健太郎に似た切れ長で垂れた目が優しくて可愛い。
「暎はどれが好きかな。どれも全部かわいいよ」
 明るい早采の声を聴きながら、暎はひとしきり優越感に浸る。
 店員も客も大人ばかりの中、痛いほど視線を浴びていた。
 気持ちいい。まるで女優になったような気分だ。決して自分が制服姿だから見られてるんじゃない。自分の彼が赤撞早采だからだ。
 何しろ早采は、この街で知らぬ人がいないほどの有名人。市会議員の息子であり、超のつく上品な家系のお坊ちゃんだ。

 暎にとってみれば、早采に買ってもらえるなら何だって良かった。ただ傍を歩いているだけでもいい。彼女と認定されているだけで十分すぎるほどだ。
「ありがとう、サトル」
「クリスマスにちゃんと、ほかのプレゼントと一緒に渡すから、楽しみにしててよ」
 早采はそう言って暎と手をつないだ。彼は彼女の耳元でこっそりと囁く。
「今日、親いないから、うちに来ない?」
 暎は言われて頬を染めたが、すぐに顔を強張らせた。
「あ、……でも、私。ちょっと……」
「え? なんか用でもあるの?」
「ううん、オトートが苦手っていうか……」
「弟?」
 暎は思わず体を震わせた。

 あの、光を吸い込んでしまいそうな暗い瞳と、ボロボロの肌、薄く笑う大きな口。
 土色に灼けた顔や首や手など、露出している部分の、無数の黒い傷痕。
 並びの悪い歯と、異様に赤い舌。
 どれか一つでも思い出すだけでトリハダが立つ。
「……私、あいつに会いたくないの。キモイ……」
「え?? ……まさか、……ジュウのこと?」
 驚いて目を見張る早采に、暎は恐る恐る頷いた。
 早采は必死になって、顔を横に振り続けた。
「どうして、違うよ、ジュウはそんなヘンなヤツじゃないよ。ちょっと人と付き合うのが苦手がなだけで、悪いやつじゃないんだよ……!」
 早采がどれだけ説明しても、暎は家に訪問することを拒否した。
「隠し撮りとかされそう……」
 暎は薄汚いものを想像するかのように、視線を下げて苦い顔をした。
 立ち止まった早采は、どんな言葉も通じない彼女に困惑した様子で、肩を落として俯いていた。


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#4 

 寿友は夕方五時過ぎ、立派な一戸建てである赤撞の家に着いた。いつものことだが、家族の中では誰よりも早い帰宅だった。
 彼の義父が帰るのは、たいてい深夜になる。母は主婦だが、料理や、何々アレンジメントの類の教室に毎日通っていて夕方は不在。ただ、彼女は新しい息子の早采に気を遣い、彼が部活から帰ってくる六時過ぎには、できるだけ家に居るように努力しているようだった。

 家に誰もいないことを確かめてから、寿友は早采の部屋に入った。
 彼の机の引き出しに手をかけて引っ張ったが、カタ、カチャという音がして動かない。どれにも鍵がかかっている。
 舌打ちして部屋を出ると、ちょうどドアホンの呼び出し音が鳴った。モニタで確認すると、男が小さなダンボール箱を抱えている姿が映っている。どうやら宅配業者のようだ。
 寿友は呼び出し音が鳴り続けても、そのまま放っておいた。自分が頼んだものではない。

 キッチンに入った寿友は食器棚の奥に手を突っ込み、封筒を探り当てた。
 彼の母親は小さい頃から同じ場所に金を隠す。家が変わっても、夫が変わっても、することは同じだ。
 寿友は数枚の札を抜き取って、袋だけを元に戻しておいた。

 それから半時間ほどしてまたドアホンが鳴った。
 宅配業者が引き返してきたのかと思ったが、呼び出しは一度鳴っただけで続かなかった。業者にしては遠慮しすぎている気がした。自室で雑誌を読んでいた寿友は仕方なく部屋を出た。
 ドアホンのモニターは、家族の共有スペースの何か所かの壁に、はめ込んである。ハンディタイプもあり、手元でも確認もできた。
 ダイニングテーブルの上にあるドアホンの子機を持ち上げた寿友は、眉間に皺を寄せて画面を見つめた。寿友が応答すると、相手はパッと顔を明るくして口を開いた。
『突然すみません、私、ジュウくんと同じ学校の仁科ですが……』
「ああ……」
 寿友は低く小さな声で応えた。その声の感じで、玄関先の相手は、本人が出たと気付いたらしい。
『よかった、居てくれた! いきなりごめん、もらってほしいものがあって来たの……』

 転入したばかりの先月、副担任の矢野と仁科千郁が話をしている所に、寿友がたまたま顔を出したことがある。
 矢野は英語クラブの顧問だった。そして千郁はその部の部員。その二人と、一言二言話しただけ。ただそれだけの接点しかない。それなのに何故か、寒くうす暗いこの時刻に、彼女は玄関先まで来ている。

 寿友はドアを開け、門の前まで出て行った。
 千郁は可愛い赤の紙袋を手に提げていた。これ、と言って袋を指してはいるが高く持ち上げる事はできず、目線で訴えているだけ。見るからに重そうだった。寿友は仕方なく門を開けて紙袋を受け取った。
 寿友が黙ったまま中身を見ていると、窺うように千郁が言う。
「矢野先生から、赤撞くんが1年の教科書を揃えてないって聞いて……。残り二、三カ月だし買うのも勿体ないなだろうな、って思って持ってきてみたんだけど……。でも、人が使った教科書なんて嫌だよね。名前とか、書き込んだ部分はできるだけ消してきたんだけど……やっぱり……いらないよね?」
 寿友はその問いには答えないまま視線を上げた。
「買わなくても、前の学校のがある」
 それだけ言った。
 微妙に困った顔をする千郁に、寿友はありがとうとは言わなかったが、紙袋を突き返すこともしなかった。

 寿友は千郁から紙袋を受け取って家の中に戻る時、郵便受に、宅配業者の残していった不在配達票を見つけた。手に取り部屋に持ち帰りながら、何とは無しに目で文字を追う。
[受取人:赤撞早采様
 差出人:△△教販蒲l
 荷物:教科書……午後5時配達、再配達時刻……]


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#5


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