短編集

【構成】
1話完結、前後編、3話完結など。各話3000〜5000字程度。

 

●目次●

コメディ系
  ● 残念なキューピッド 前・ / ● 七夕の夜はブラック 前・ / ● 大阪はるの陣(関西限定) /
青春・学園モノ系
  ● カケオチ’17 / ● ストーブ 前・ / ● 麗しのへそ曲がり /
恋愛・甘々系
  ● それは今だよ / ● いちごショートの願い 前・後 /
不思議・シュール系
  
● 怖い夢 / ● 家族のもめごと /
現実・社会系
  
● 幸せに向かわない直線 /
 
幸せに向かわない直線 (1話完結)

 ふん。


「本庄君で大丈夫なのか、愛」
「大丈夫よ、パパ」
 デカい卓を囲んで、どうみても部屋着という様相の、中年のオッサンが座っている。卓上にはすし桶が並ぶ。俺と隣の愛だけが、場違いなほどキチンとした格好で座布団の上に正座する。
「とは言え、うちの会社の跡取りになるかも知れないんだからなあ」
 愛の親ではない、見知らぬオヤジが嫌味な笑いを浮かべた。若く無表情な美人も冷たく笑い、数名の親戚とは思えない輩が酒を呑んでいる。
 すると、愛のとなりに座っていた彼女の弟が手を上げて腰を浮かした。
「大丈夫だよー。とりあえずは琉くんで、ダメだったらオレ、って感じで二枚看板的な!」
「それ、言ってて責任取れるのか?ー」

 終始和やかな時間。俺と愛の婚約の場。
 いや、俺の父母はその時、委縮し俯いていた。


 世間で優秀と呼ばれる大学を卒業し、一流と言われる企業に就職し、親のために貯金をし、取引先の社長令嬢と結婚までこぎつけた。
 本庄琉(ほんじょう・りゅう)の人生はここまで順風満帆だった。
 愛とはたまたま趣味のゴルフで知り合い、友達になる前にプロポーズされた。そうだな、知り合ってまだ半月もたたないうちだ。

 彼女が令嬢だなんて想像もしておらず、適当に煽ってその気にさせて楽しい時間でも提供してもらおうと思っていたのに、そんな計画は霞となって消えた。
「ね、琉くん、結婚して」
「け……」
 俺は多分目を剥いていたと思う。口に運んでいたサラダのキャベツが、フォークからバサッと皿に落ちる。

「えええーーー、結婚するのおおおーーー。おめでとおーーー」
 その場にいた男女、主に会社関係だが、友人たちがはやし立てる。
 ホテルで朝食を食べ始めたばかりの時間に、何を口走るんだろう。俺は殆ど他人の話のように、その盛り上がりを見ていた。






 5年後、俺たちはまたあの、デカい卓の前に座っていた。
 今回ばかりは、見知らぬ顔は無い。
 愛の父母と俺の父母、そして俺たち当人の6人だけ。




 その1年後。

「おい、琉、憧れの彼女から連絡あったぞ」
「や、違いますよ……。てかすみませーん。じゃ、ちょっと抜けますー」
 職場は前職ほど知名度は高くなかったが、それなりに俺の才能を評価してくれる広告代理店だ。

 今日、仕事の後に会社のボーリング大会があった。出席するだけでなく、幹事も進んで引き受ける。
 そのあと家に帰れば自分の時間。会社に内緒で別会社のオリジナルシューズブランドのプロデュース担当兼広報をしている。PCで動画を作るなど、仕事は山積みだ。

 普通に充実しているように見えるが、俺は毎月10万の離婚の慰謝料と、父母の借金650万を返済するために必死だった。


 俺はそいつらを見下す。

 浮気したのは自分のくせに、構ってくれなかったと泣きわめき無理矢理離婚調停に持ち込んだ前妻の愛の事。
 もしかすると会社から俺を除外するため、誰かが作った筋書だったのかもしれない。どう考えても俺に非は無いのに、こっちの言い分は何一つ通らなかった。多勢に無勢、当たり前の成り行き。
 裁判は傷つくとか恥ずかしいとか、全く自分のことしか考えない愛の言動も、何かのセリフの一つと考えるべきなんだろう。

 そんな事が起こる前、父母は俺の結婚を機に引っ越していた。
 スローライフだかなんだか知らないが、古民家を買い取って優雅な生活をしていた。それを今も続けている。
 俺がどんな状態であろうと気にもせず。
 古民家購入の名義人が俺であるのにもかかわらず。
 本当のスローライフだ。



 世界でまともな人間は俺一人だ。
 後はみんな腐ってる。



 俺は社内通話のやりとりをするうちに、尾根さんという女性に心が傾いた。
 好きとかいう感情ではなく、話をしていて、俺がなんとかしてやらなくちゃダメなタイプだなと思うと、手を差し伸べたくなってしまったというか。
 この子はどうせ俺に憧れている。大勢の女子社員が俺に甘い視線を送るように。
 俺は優良会社に勤め、見た目も知識も他人に優しい人間性も、社会で生きる男の内の上位に入るタイプだ。たかが数百万の借金があったって、離婚歴があったって、そんなことで負けたりしない。
 そうだ、俺は負けないんだ。

 二度と、負けないんだ。




 社内通話以外で連絡を取れないものか。
 困ってるんだろ、人事部での発注ミス。俺が行って課長に話してやろうか?
 でも、彼女は俺に助けを求めるような愚痴を言いながらも、最後は笑ってヨロシクオネガイシマースで終わらせる。
 なんだよ。もっと頼れよ。
 ……イライラするんだよ。


 めんどくさいことも、なんだって全部俺にフればいい。全部俺がなんとかしてやる。

 俺は腐らない。
 人のためにちゃんとした人間として生きる。
 金がなんだ。裏切りがなんだ。
 最低の人間たちの目の前で、フツーに当たり前に、お手本になってやるよ。



 俺に色目を使う大勢の子らとは違い、この尾根さんとは会ったことが無い。
 何かアドバイスすると大喜びするし、俺の親切を喜んで受け入れてはくれるが、なぜか突き放した態度で接される。
 仕事上だからか? 恥ずかしいのか?
 それとも、ありがちだが、小賢しく俺からのアプローチを待ってるのか?


 その日、同僚と酒を呑んでいた俺は、少し疲れていた。
 ストレスが溜まっていたのか、付き合いの会話で笑えなくなってきた。「ゲームするわ」というくだらない理由で飲み会を早退し部屋に戻ろうとした路上で、暗がりに人の気配を感じた。
「だれ?」
「ヤマウラ探偵事務所です」
 俺はその場で硬直した。
 会社にバレるとマズい事をやっている身の上としては、自然な反応だった。
 会社、そして父母の未来、元嫁一族への敗北感……。いろんな物が一瞬で頭を駆け巡った。
 もう、失敗のできない人生。

「なんですか」
 俺が問うと、人影は明るい場所に顔を見せた。年老いた男性が一人だった。
「尾根さんという女性をご存知ですね」
「え……。あぁ……会社の……」
「尾根さんの旦那さんから、迷惑行為をやめてほしいとのことで」
「迷惑行為?」
 俺は聞き間違いかと思って、同じ言葉を口にした。
「ええ。なんだかミスをうまくごまかす方法とか、喋り方とか、言い逃れ方とか……まあ、つまりは言葉のマジックのようなものを、教え込まないでほしいと」

「は、はあ?」
「なんでも、奥さんはいままで夫の言う事を何でも聞く貞淑な女性だったそうですが、急に、負けないとか勝つとか、ポジティブな生き方を主張してきて困っているそうです」


 俺は夜の道端で立ったまま、呆然と考えていた。

 人事部とか、課長とか、発注ミスとか、……あれは全部何かの例えで、俺が親切に教えてやった叱責回避の方法は、違うことに利用されていたのか。


「わ……っかりました」
 俺は気の抜けた声で返答し、相手の名刺を受け取って部屋に入った。



 独りの部屋で畳の上に寝転がって目を閉じた。

 はいはいはい。
 わかりました。


 そんなトラブル、生きてりゃいくらでもある。
 利用されるのも、利用するのも、運次第。
 俺だって、前の嫁を利用して社長になる夢を持って無かったわけじゃない。
 きっかけ。
 それが利用するための知恵と繋がって、何かへと変わっていく。


 怖いよな。

 幸せを目指して生きてくなら、思う存分怖い目に遭わなくちゃいけない。

 俺の人生、これからだ。




 これから、「そこ」へ向かってくんだよ。



<END>
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