短編集

【構成】
1話完結、前後編、3話完結など。各話3000〜5000字程度。

 

●目次●

コメディ系
  ● 残念なキューピッド 前・ / ● 七夕の夜はブラック 前・ / ● 大阪はるの陣(関西限定) /
青春・学園モノ系
  ● カケオチ’17 / ● ストーブ 前・ / ● 麗しのへそ曲がり /
恋愛・甘々系
  ● それは今だよ / ● いちごショートの願い 前・後 /
不思議・シュール系
  
● 怖い夢 / ● 家族のもめごと /
現実・社会系
  
● 幸せに向かわない直線 /
 
それは今だよ (1話完結)

 未来(みらい)という名は好きじゃない。
 キラキラネームというほどではないし、ありふれているような気もする。でも好きではない。というか、好きじゃなくなった。
 高校時代の同級生の能瀬(のせ)が、つい最近言った言葉のせいだ。


「メッセージソングとか応援ソングとか、まあラブソングも含めて、全部ウザい」
 能瀬は私のとなりで呟いた。
 そんな彼の片方の耳には、イヤホンが押し込まれている。
 もう片方の耳はイヤホンを外している。私に気を遣ってなのか、それとも周囲の音を聞きたかっただけなのか、よくわからない。
 春の終わり、夕方の光と風が冷たい。能瀬の飲んでいる缶コーヒーの香りが、少し離れた私にも届いた。
 ニットの袖をたくしあげ、彼は高台にある公園の柵から下界を見下ろす。
 オレンジと黒と灰色の中に光る灯りが星のようだと私は思っていた。しかし、能瀬はそういうものが嫌いだったようだ。
「普通の生活してたら、絶対に言わないような言葉ばっかじゃん。あと、何でも“明日”って言っときゃいいみたいな」
 否定的なことを言っている割に、たいした不快感を表すこともなく、それは、静かな声だった。
「そんなのせいぜい、とりあえずソングか、なぐさめソングだろ」
 彼が、「オナ……」といいかけたので、私は能瀬の体をドンと突き飛ばした。
 能瀬は地面に尻もちをついて、手に持っていた携帯電話の無事を確かめていた。
「歌詞に腹立つなら聴かなきゃいいじゃん。てかさ、まだ反抗期引きずってんの?」
「おう、オレは一生反抗期のまま生きる」
「バカじゃない?」
「バカでいいよ。だって、ヘコんだ時に必要なのは、その場しのぎのごまかしじゃなくて、自分の立ち位置見直すことだろ?」
「お酒も飲んでないのに、絡まないでよ」
「酒や夢におぼれて生きていけるかっつーの」

 少し不自然だった。
 強い言葉を発しているのに、地面に座ったままの能瀬の表情は、心ここにあらずというようなぼんやりしたものだった。
 口調も、まるでセリフを棒読みしているようだった。

「小学校の卒業文集にはあって、中学の卒アルには出てこない言葉って何だと思う?……」
 能瀬が小さな声を出したので、私は仕方なく彼が座り込んでいる場所まで行った。
「何、何が言いたいの?」
「将来だよ。それはいつのまにか“未来”っていう言葉に置き換えられてる」

 未来とは、私の名前。
 そして、歌詞に頻繁に出てくる言葉。キャッチコピーにも、創作物のタイトルにも出てくる。
「将来って言葉は、具体的過ぎ、生活感あり過ぎ、荷が重過ぎ。そんなイメ―ジあるからでしょ」
 私が言うと、能瀬は答えた。
「未来は遠いから、みんなそういう言葉に逃げてんだよ」

 能瀬が私を見上げていた。
「そんな先の未来より、現実見ろっての」
 未来は、遠い。
 未来は、ずっと先。
 能瀬は一体、私に何が言いたいんだろう。
 彼はゆっくりと立ち上がると、また柵に腕をのせて、今度は下ではなく、上を見上げた。
 ももいろの空の向こうに小さな輝きが一つ。
 あの消えそうな星を、私たちは未来と呼んで、信じて見つめているだけだと言いたいの?
 未来って、届かない場所を指すの?


 それ以来、私は自分の名前が好きではなくなった。
 いい名前だと思っていた。ありふれた場所に転がっている言葉だけど、気に入っていた。
 しかし、確かに現実の生活には必要のない言葉。私はその“未来”という響きに、SF的な匂いまで感じてしまうようになった。能瀬のせいで。

 未来とか夢とか、そんな漠然としたものがなければ生きていくのが苦しい現実。
 でも彼にとっては、未来も、夢も、勇気も、優しさも、きっと同じカテゴリー、妄想にすぎないんだ。信じることのできないもの。ただのきれいごと。揺らいでる自分を正当化する言い訳。
 
 能瀬に訊きたい。それなら、どんなものをよりどころにすればいいのか。
 不自由なこの生活の中で、いつのまにか私は、自分が進むべき道標を彼の背中に見ていた。
 彼の向かう先と私が向かおうとしている先が、同じだと思っていたから。
 いつか、しあわせになりたい。
 それこそ、愛のあふれた未来に辿り着きたい。
 でも彼は、私を導いている自覚なんて無かったのかもしれない。


 仕事が終わった月曜日。
 まだまだ週は始まったばかりだ。家に帰ってドラマを見る気力もない。
 人がしあわせになる話は好きだったけれど、だんだん自分とかけ離れていくようで、ヘコんでしまう。
 すべて、能瀬の言葉のせいだ。
 あの、現実主義のネガティブ野郎のせいで、希望を持つ事自体に罪悪感を覚えるようになってしまった。
 それでもメールが来ると、未来に一歩近づくんじゃないかとドキドキしながら読む。
<めしめし はらへった>
 どこまでも現実世界の男。リア充とは違う。過去形も未来形も無い、その日暮らしに似た感覚。
 こんなヤツを好きになった自分を恨む。
 もう、諦めた。

 ファミレスでビールを美味そうに飲む能瀬は、ブツブツぐちるけれど、結局現実を肯定する強さを持っている。
 現実から逃げないでいるのは、きっと、とても疲れるはず。そこは少しだけ偉いと思う。
「なあ、未来、何か悩んでる? 最近、元気ないぞ」
「能瀬、悪いけど今度から名字で呼んでくれる?」
「え? いいよ、わかった」
 いいんかい。ちょっとは不思議に思えよ。
「なんか、高校んときみたいだな」
 嬉しそうな能瀬にかなりムカついた。まあ、私も今まで学生時代の名残で能瀬と呼び続け、航志とは呼べないままできたけれど。
 現実から、過去に戻ってるということは、ますます未来は遠くなったのかな。
「またぼんやりして。そういう顔してるとしあわせが逃げてくぞ。大好きな男のまえでそんな顔してていいの?」
「よく言うわ。ぼんやりしてんのは能瀬だって同じです」
「オレのは考え事。高木のはヘコんでるだけ」
 自分が望んだのに、高木と呼ばれてまたヘコむ。
「ねえ」
 私は訊かずにいられなかった。
「能瀬は未来のこと、考えたりしないの?」
 遠い世界かもしれないけど、やっぱり、生きていくのに無駄な世界だと、私には思えないんだ。
「考えるよ、今も考えてる」
 能瀬はフォークを口に当てて、笑っていた。どうしてそんなことを訊く?と言う顔をしていた。
「だって、未来は逃避なんでしょ?」
「未来は逃避……」
 能瀬はパチパチと瞬きした後、急に、ふきだすのをこらえるように口元を右手で押さえた。危ない。ナイフ持ってるのに。鋭利ではないけど顔にあたると痛いよ。
 彼の右手にハラハラしている私に、能瀬は笑いを止められないようで口の中のものがなくなるまで苦しそうな顔でうつむいていた。
 やっと呑み込んで顔を上げたかと思うと、能瀬はしみじみと言った。
「高木の名前が、“未来”じゃなくて“逃避”だったら、オレぜってー付き合ってねーなって今思った」
「名前の話じゃないよ、フザけんな。そうやってまたヘコませるんだから!」
 そう言うと、能瀬はナイフとフォークをゆっくり皿のふちに置いて、私の目をじっと見た。
「未来っていう名前はいい名前だって思ってるよ」
 能瀬は真面目な顔で言いながら、でもさ、と言った。
「そもそもの話、ちゃんと聞いときたいんだけど。”未来”信じて頑張るリアリティの無いオレと、現実主義の今のオレ……つまり夢の無い男と、どっちがいいんだよ?」
 いきなり訊かれて、私は驚いて一瞬、口ごもった。
「迷うの?」
「ま、迷ってるんじゃなくて……。……今のオレ、の方がいいかな……」
 ほんとのところ、その中間のオレがいたらいいんだけど……。

「そうだよなー」
 能瀬は、私の答えに満足そうに笑った。
 でもすぐつまらなそうな顔つきになり、視線を下げて溜息をついた。
「“未来”を夢見て、“今”を見てない高木のこと考えてると、……ホント、”未来”って遠いなーって、思う」

 そんなこと。
 言われなくてもわかってるよ……。

 能瀬は穏やかな顔で、続けた。

「もどかしいな。なんで未来にペンディングすんの?」
 先送りしてるわけじゃなくて、未来は夢と同じだから……。
「しあわせになりたいって夢を持ち続けることで、今頑張れるっていうか……」
「望むなら、今でよくない?」
「え?」



「今すぐ、しあわせにしてやるよ」




<END>
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(前編)
 10年以上も前。そんな昔の頃が今でも懐かしい。保育所に通っていた時代。
 淡い初恋に似た……いや多分初恋と言っても許されるはずの気持ちが、まだ甘く残っている。
 嫌なことがあってもその場所に逃避してしまえば、幸せな気持ちを取り戻せる。なんとなく危ないクスリっぽい幻覚……じゃなくてホントの想い出。

 ほかの子のことはほとんど覚えてはいないのが、”ある子”だけがその幸せキープに一役買っている、と言っても過言ではない。
 砂場でつくった泥のケーキに、小さな泥団子をいくつも乗せ、
「はい、いちごショート」
と言って、差し出してくれる1つ上のクラスのお兄ちゃん。
 その子のことを、「シン」と呼び捨てにしていた。
 近所の保育所に通っていたので、自然と小学校も同じ。ただ学年が違うので卒業アルバムには載っていない。でも、いまだにその顔を忘れられない。目が細くて垂れてて、”ツルベ”とか言われてたっけなー。
 ”ツルベ”少年は、あまり騒々しい遊びを好まないのんびり屋だった。ちょっとほかの子より大きな体で、小学校低学年くらいまでは、やさしく手を引いてくれて公園まで歩いて、私と一緒に砂場でお菓子や料理をつくってくれた。
 だから、恥ずかしくて人には言えないけど、いちごショートは特別なお菓子だ。
 あの頃から、いろんな願いを込めて口にほおばっている。いつまでも、たのしくいられますように。


 クリスマスには、我が家ではお決まりのように、生クリームのホールケーキを二つ買う。
 ホール二つなんて「それは15センチだよね」とクラスの子に確認された。でも実は、25センチだ。
 姉、兄、私、そして、両親、祖父母の7人家族で、全部平らげる。皆甘いものが大好きだった。
 お姉ちゃんは17歳、お兄ちゃんは15歳なんだから、少しはダイエットを考えて遠慮すればいいのに、全然気にせずバクバク食べる。両親もまた、脂肪分を恐れずにバクバク食べる。
 祖父母に至っては、いちごのツブツブが苦手らしいが、ケーキはやわらかくておいしいとのことで、いちご以外の部分をバクバク食べる。
 私は、祖父母の残したいちごをもらって、自分のケーキの上に乗せ、あの日の泥ケーキのようにいちごたっぷりのショートをつくって、満足して眺めていた。

 でも、そんな光景も中一くらいまでだった。
 私が高校に入った辺りから、みんなクリスマスはバラバラに過ごすようになった。まあ、当たり前と言えば当たり前なこと。今年だって例外ではない。
 お姉ちゃんは会社の友達とパーティにでかけるといって、ケーキはいらないと言った。お兄ちゃんは場所も言わず外泊するとのこと、多分彼女がらみに違いない。おじいちゃんは腰の調子が前から悪く、おばあちゃんと一緒に温泉旅行に行ってしまった。
 私はというと、ステキな16歳に成長したというのに、クリスマスには誰ともスケジュールが合わない。
 つまりは”シングル”ベルが鳴ってるということ。ラブラブな相手もおらず、両親と3人だけのさむーいクリスマスを過ごす。
「香摘(かつみ)、駅前に新しいケーキ屋さんができたのよ。すっごく美味しいんですって」
 母が、私の沈んだ気持ちを察したのだろうか、やたら明るい声で言った。
「雑誌にも載ってて、東京じゃ有名な店なんだって。ちょっと高いんだけど、今夜くらいいいよね」
 母が微笑む。
 励まされてる感がハンパないけど、きっと被害妄想に違いない。そう思うことにする。

 いつかは卒業する家族とのクリスマス。それは、もう終わりかけている。家族そろってホールケーキを食べるそんな楽しい時間は、もう二度と戻って来ない。
 自然とホールからショートへと変わっていく。さすがに今の三人じゃ、15センチでも余りそうなので予約はしなかった。
 そこにもし「シン」がいたら、「残ったら俺が食べてやるよー」とか言ってニカニカ笑いそう。
 今でもまだ、ショートケーキは大切なキーワード。

 そのスイーツ店は人だらけだった。いわゆるクリスマスケーキというやつはたくさんあったが、結構予約している人が多そうだった。ブッシュドノエルや、ツリーを模(かたど)った小さいケーキがショーケースに並んでいる。
 両親にはこの大きめのブッシュドノエルを半分こしてもらおうかな。私は、ここはヤッパリいちごショートだ!
 この店のいちごショートを見て感動した。いちごがたっぷりのっていた。値段は1つ700円もしたが、トータル3000円で十分足りる。
「ホワイトチョコのブッシュドノエルと、いちごショートを1つずつください!」
 ショーケースの向こう側に立つ背の高いお兄さんに言う。
「はい」
 お兄さんはニコニコして、手際よく箱に詰めてくれた。
「ドライアイスはどうしますか?」
「家、すぐそこなので。あの保育所の近くで……」
 私は、そのお兄さんの目があまりにもきれいで、不思議な優しさを持っていたので、余計なことまでしゃべりそうになった。
「ああ、あの保育所? 僕、そこの卒業生ですよー」
 表情を崩して地元感満載で笑う、学生アルバイトっぽいお兄さん。そこに並んでいた主婦層の目を釘づけにするくらいの、愛想良さと、若さと、見た目の良さ。
 クリスマスにバイトしてる寂しい男子(オバサマの妄想)だから、狙われてるんじゃない?
「えー、お会計3,300円です」
「え゛っ!!」
 もう一度ブッシュドノエルの値段を見た。2600円。しまった、2000円と見間違えた。
「あ、あの、ちょっと待っててください。また来ます。すぐ、来ますから。あ、それともどうしようかな、ブッシュドノエルをやめにしてショートを三つにしようかな……」
 お客さんが待っている。非常に迷惑な客になってる、私。
 しかし、お兄さんは笑って言った。
「お金足りないの? じゃあ、配達してあげるから、その時にお金用意しておいて」
 おおお、そんなシステムがあったのか!すごい。うれしい。
「住所と名前を書いてね」
 私はいつもの汚い字をできるだけ丁寧に書くことで、少しでもきれいに見せようと努力した。名前はとりあえず私の名前で、電話番号も書いた。
 アルバイトのお兄さんは、その紙を見ながらちょっと考えていたが、
「夜7時じゃ遅いかな? 遅いよね……」
「いえ、いいですよ。まだ家族は帰ってきてませんし」
「そ、じゃ、そのころお持ちします」

 気持ちのいい店だった。店のつくりといい、商品といい、対応といい、全部二重丸だよ、と母親に告げた。
「お父さんが今日は8時までには帰るって言ってたから、きっと間に合うわよね」
 母も時計を見ながらつぶやいた。
 7時を少しだけ回ったところだった。バイクの音がして、玄関前に止まった。
 私は代金を握り締めて、玄関のドアを開けた。
 そこにはジャンパーを着て、ダボダボのズボンを穿(は)いて、汚れたサッカーシューズ姿の普通の学生が立っていた。よく見ると。確かに先ほどのお店の店員さんだった。
 大事そうに両手で持っていたケーキの箱を、ニッと笑って私に向かって差し出した。
「香摘、メリークリスマス」
 一瞬、男の子の顔を見つめる。なんで、なんで、そんな馴れ馴れしいんだろう。
 でも、なんとなく、嫌じゃない。
「あ、ありがと」
 私はお金を渡そうと、手を伸ばした。
「俺のこと、覚えてないよな」
 彼はお金を受け取ると、苦笑した。
「っていう俺も、住所と名前見るまで思い出せなかったけどなー」
「え? 誰?」
「よく、一緒にショートケーキ作ったじゃん」
 えええ?
 こ、この展開は、まさか!!



<後編に続く>
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(後編)
 母が、そろそろと玄関にやってきた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「こんばんは」
 彼は持ち前の明るい笑顔でペコリと頭を下げた。
「香摘さんと同じ保育所で……友達でした」
「そうなの?! じゃあ、久しぶりねえ」
 母もまたオバサマとして例外では無く、イケメンの青年には弱いらしい。隠そうとしても、顔にやたら嬉しそうな笑みが浮かんでいる。あれは愛想笑い以上の笑顔だ。そろそろ帰宅するはずの旦那に言いつけるぞ。
「どう、よかったら、上がってちょうだい? それともまだ仕事?」
「仕事はもう上がりました。配達っていうか……俺が、帰りに持ってきただけのことなんで」
 彼はニカニカと笑う。
「俺、ヒマなんで、マジでお邪魔しますよ? 社交辞令ならここでストップが賢明っすよー」
「全然っ! 人は多い方が楽しいからね!」
 母は上機嫌だった。
 私は戸惑いながら彼を見つめていた。
「代金はその時って言ったけど……それじゃあ……」
 私に言われて、彼は思い出したように言った。
「ああ、立替えといたよ」
 やっぱり……。彼は、出来上がった泥ケーキを先生に配っていたころの、「シン」の顔に似ていた。
「……シン?」
 期待に胸が膨らむ。ドキドキした。Bカップのブラがちょっときつくなった気さえする。
 彼は家にあがりそうになっていたのに、ふと足を止めた。
「え、違うよ」
 彼は驚いた顔でじっと私を見た。私は慌ててうつむいて考える。

 ……展開が違う。誰? 誰なんだろう。
 どなたですか、とはもう今更聞けない。でも、名乗らないで家に上がり込むなんてちょっとおかしくない?
「俺がキリン組で、香摘がゾウ組でさ、一緒に花でご飯つくったり、泥のお味噌汁とか、いちごショートとか作ったのに、全然覚えてないんだ?」
 すると、母親が彼の顔を見ながら、嬉しそうな顔をした。
「あなた、もしかしたら、佑太くん? 浅谷さんちの!」
「あ、すごい。お母さんのほうがちゃんと覚えてくれてたんだ」
「ユータ???」

 私の記憶の中には、佑太という人はいなかった。……いたのかな? 一緒にいちごショートを作ったのは、たしか「シン」だったと思うけど、あれ、ちがったのかな?

 佑太はうちの家のすぐ近所に住んでいて、母親同士も仲がよかったという。でも、少し離れた街に浅谷家が引越しをしたのを機に、残念ながら疎遠になったらしい。
「そういえば、あの頃は、いつも佑太くんとシンくんと香摘と三人で遊んでたわね」
 母が懐かしそうに言った。
 私たちはテーブルに並んだご馳走を前にして、顔を見合わせた。
「佑太、シンのこと、忘れてたんでしょ」
 私が言うと、
「香摘、シンのことしか、覚えてなかったんだろ」
と、彼も反撃した。
 その口ぶりとは裏腹に優しい目をしている。私の中の「シン」へのイメージは佑太の表情と重なっていく。
「ツルベ……」
「誰がツルベだ。久しぶりに言われた。もう腫れぼったい目してないだろ?」

 私が覚えていたのは、佑太のことだった?
 ずっと好きだったのは、佑太のことだった?

 なんだか今夜は不思議な日だ。
 もしもサンタさんがプレゼントをくれるのなら、どうぞ、もう一度三人の時間をください。


 玄関のチャイムが鳴った。父のご帰還かなと思って玄関に出てドアを開けた私は、またまた困惑し、固まってしまった。
 知らない大きな学生が一人、自転車で来たらしく、寒そうにマフラーをぐるぐる巻きにして、立っていた。
「あの、どなた……?」
「佑太のバイクがあったから。いるんでしょ、あいつ」
「う、うん」
「おーい、佑太!! チキン買ってきたぞ」
「なんだよ、来たのか? お客さんの所に配達でお邪魔してんだよ」
 部屋の中から、佑太の応じる声がした。
「配達なのに、なんで家に上がってんだよ」
「それは内緒」
 佑太の態度に少し腹を立てたらしく、大きな学生はチキンの入っているらしい箱を佑太にぶつけようとした。
「わー、ごめんごめん、慎(しん)、許せ! じゃ、行くか!」
「ま、待って!」
 私は思わず玄関で二人を呼び止めていた。
「シン……て……。あの「シン」だよね? じゃあ、佑太とシンは……ずっと友達だったの?」
 慎はわけがわからないという顔で佑太を見る。佑太はただ笑うだけだ。

「それで、男二人でクリスマス……? え、マジで……?」
「そういう顔するかな。香摘だってほぼ同じだろ? 違うのか? ああん?」
 佑太が意地悪な顔で笑う。
 そこに、母がやって来て、佑太が持ってきたケーキの箱の中を見ながら言った。
「佑太くん……なんかショートケーキが……多いんだけど……」
「あまりモンじゃないですよ? 香摘の顔見たらなんか思い出しちゃって……。こいつなら5個くらい食いそうだなって。そういう体形してるし」
「マジぶっ飛ばす!」
 5個もプラスする奴がどこにいる!
 
 そうは言ったけれど、私は母の顔を見ながら小さい声でブツブツと呟いた。
「ケーキ余ると勿体ないからさ……この二人ヒマそうだしさ……なんていうかさ……」
 母は、私がぐずぐずと発する言葉など聞いていなかった。
「二人とも、このケーキ一緒に食べない? チキンと物々交換で!!」
 嬉しそうに言う母に、佑太と慎は顔を見合わせていた。
「いいっすねー。慎もいいだろ?……おまえ超寂しい奴だから」
「俺の繊細な心に触れるな!!」
「忘れたいのか……?」
「う……。ウルサイ! すいません! 俺も、上がっていきますっ!」
 慎は佑太の追及から逃れるためか、靴を脱ぎ始めていた。

 恥ずかしそうにしか笑わない北川慎(きたがわしん)は、なんとなく「シン」のイメージと違う。となりで笑う……それこそ目がなくなるくらい楽しそうに笑っている佑太の顔に目が行く。
「クリスマスツリー無いの?」
 突然、佑太が訊いて来た。
「いつもは飾るけど……親と3人だし、ま、いっかって出さなかった」
 佑太はふーんと言ってから、慎の顔を見て意味ありげに笑った。
「なんだよ」
 慎がムッとして佑太を見た。佑太はその様子を無視して私に言う。
「こいつんちのツリーさ、てっぺんの星飾りが突然無くなったんだぜ。なんでだと思う?」
「なんで……?」
「うるせーーーー!!!」
 慎が今日イチの大声で、佑太を突き飛ばした。
「大好きなヒトにあげちゃったのさー」
 倒れながらも、佑太がニヤニヤと笑った。

「で、ここんち、知り合いなの? てかこの子、誰なんだよ。配達じゃなかったのか?」
 突然、慎が私を指さして言った。その質問、今頃かよー。
 慎は怪訝な顔をしている。
「さっきから妙に馴れ馴れしいけど、まさか、この子佑太の彼女……とかって言うんじゃないだろうな」
「おおー、それいいね」
 佑太は私の顔を覗き込んだ。
 い、いきなり何を言うんだ!
 咄嗟にその視線を避けて、慎に向かって訴えた。
「香摘だよ! 和倉香摘(わくらかつみ)。保育所で一緒に遊んでもらったのに、シン、覚えてないの?」
「わくらかつみ? ぜんっぜん覚えてねー」
 佑太は腹を抱えて爆笑し、私は不満げにチキンをほおばった。慎は気にも留めずに人んちのテレビでザッピングを始めた。

 願いが叶ったのかな?
 心地いい空間。
 子どもの頃に戻れるのは、家族とだけだと思っていた、

 来年はみんなでホールケーキにしようか。
 それともいちごのたっぷり載ったショートケーキにしようか。



<END>
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