短編集

【構成】
1話完結、前後編、3話完結など。各話3000〜5000字程度。

 

●目次●

コメディ系
  ● 残念なキューピッド 前・ / ● 七夕の夜はブラック 前・ / ● 大阪はるの陣(関西限定) /
青春・学園モノ系
  ● カケオチ’17 / ● ストーブ 前・ / ● 麗しのへそ曲がり /
恋愛・甘々系
  ● それは今だよ / ● いちごショートの願い 前・ /
不思議・シュール系
  ● 怖い夢 / ● 家族のもめごと /
現実・社会系
  ● 幸せに向かわない直線 /
 
残念なキューピッド (前後編)

(前編)
 今日の分の仕事を終えたので、活動報告書という日誌のようなものを書いていた。
 課長はもう退社してしまったからこれを提出してさっさと帰ろう。もう6時じゃねーか。ビール飲みてえ。隣で何か呟いている男は放置だ。
「なあ、大野ぉ」
 隣の男はオレの肩をつつく。
「黙れ、大野サンだろーが。後輩のくせに」
「あれ、僕、同級生の広野くんなんですけど。忘れたのかな?」
「いない。記憶の中にそんなヤツはいない。いたとしても、たしか冥王星に旅立ったはず」
「遠いねえ〜」
 オレはキーボードを叩く指を止めず、隣を向くことも無かった。
 それでも、隣の知らない男はしつこく話しかける。
「4年間一緒に過ごした親友に先輩ヅラすんのー?」
 1年遊んでたおまえに先輩ヅラして何が悪い。
 報告書を早く仕上げたくてキーを叩くスピードを上げた。しかし、隣のヤツがうるさくて集中できず、文章がメチャクチャだ。
「なーなー、大野ー。大野おおお」
「うるせーっ! マジうるさいから! 仕事終わったんなら帰れよ。しゃべり足りないんだったら、グーグルとでも会話しとけ」
 オレはイライラしてついに指を止めた。続きは明日、課長が来る前にやるしかない。
 PCをシャットダウンして、パタンと閉じた。
「お、帰んの?」
「帰る。じゃあな」
「一緒に帰ろーぜえー。ビールおごるからさー」
 オレはその言葉に一瞬動きを止めた。そしてすぐまた動き出した。いかんいかん。たかがビール1杯で貴重な時間を搾取されてたまるか。
「そーいや、凛ちゃんがさー」
 オレは黙って広野を見た。
「怖い、怖い顔だなー。やっぱ気になる? 凛ちゃんのこと」
 嬉しそうに話す広野の座っている椅子を思い切り蹴とばした。広野はキャスターのおかげで部屋の端までスイーと流れて行った。
 オレはそのまま走ってタイムカードを押しに行った。ダッシュで帰るぞ。広野の相手は大学だけで十分だったのに。あいつのせいで忘れかけていたことをまた思い出すことになった。

 それは2週間前に広野がどうしてもというので参加したコンパのことだった。
 新垣結衣とそっくりな子が来ると言われてウソだろーと思いながらも心のどこかで期待していた。しかし、そこに現れた凛という子は、確かに可愛いほうかもしれないが、新垣結衣ではなかった。百歩譲って、新垣結衣が三日ほど飲み明かした後の顔だ。
「えー。大野って、嵐の大野くんに似てないじゃーん。殆ど詐欺だよー」
 詐欺師扱いかよ。そっちの勝手な妄想だろうが。ま、こっちも人の事は言えないが。
 オレはスタートからムカついていた。凛という子とは目を合わせないようにしていた。ほかの子がずっと傍にいたせいもあるが、凛には顔を背けていた。それでも後頭部にあの女の強い視線を感じた。何見てんだ。どうせ、顔を合わせたら、服ヘンとか、なんかチャラそうとか言うにきまっている。
 店を出た時、ずっと傍にいた子がオレの腕に手を回してきた。困った。こういう酔って男に寄りかかる子はあんまり好きじゃないんだよな。
 そんな時だった。背後で声がした。
「ヒナコ、大野でいいの?」
 オレもヒナコと呼ばれた子も驚いて振り返った。凛が叫んでいる。
 なんだその言い方、失礼過ぎるだろ。しかし、ヒナコと呼ばれた傍の子は、オレの顔を見ながらフッと手を離した。
 彼女は真っ赤になって、凛の傍に駆けて行った。
「だって、大野さんが無理やり……」
 はぁあああああ?
「ちょっと待て、おまえ……」
 オレがヒナコと凛の傍に行こうとするのを、広野が止めた。
「まあまあ、まあまあ」
「何がまあまあだ。一言反論したって許される場面だろ……」
 広野はオレの耳元で言った。
「凛ちゃんがおまえのこと好きっぽい」
「は?」
 オレはおそるおそる凛の顔を見た。
 すると、凛はオレの顔を見て、
「んー、服はダサい。髪はチャラい。大野姓を名乗る資格無いよね、彼は」
と、おまえ何様?的な発言をしていた。
 オレは凛に向けていた顔を広野に戻した。そして目をひそめ、ヤツを睨みつけた。
「もう二度とおまえとは関わりたくない。オレの番号、今ここで消せ。オレも消す」
「いや、待って待って待って」
「何か用事があるときは、隣のビルの屋上から手旗信号で伝えろ」
「うわ、風強そう〜」
 オレはスマホの電話帳から広野の情報を消すと凛を見た。
「なんかこんなカンジでごめんね。今日は用事あるから帰るわ。また次楽しみにしてるから」
 次回などあってたまるか。それでも一応笑顔を作って言ってみたのだが、凛は不満げだった。多分あの子はオレが何を言っても不満だったに違いない。

 そんな2週間前の悪夢を思い出しながら会社を後にした。
 切れかけの洗顔料を買うために駅前のコンビニに入った。弁当とビールを買って家で食うか、それともどこかで食って帰るか、ビールの棚の前で考えていた。
 すると、自分と棚の間に、ぐいと分厚い雑誌を突き出された。
 驚いて雑誌を見て、それから持ち主を振り返った。斜め後ろに立っていたその子は言った。
「髪チャラいって言ったじゃん。スーツに合わないと思うけど」
 唖然としたが、その後ひどく不愉快になった。それはしっかり顔に出たようだ。
 凛は「そんな嫌そうな顔するかな」と上目遣いで恨めしげにオレを見た。
 いや、そりゃそんな顔にもなるわ。
「近所の美容室行くともう髪型固定なんだよ。オレの希望とか通ってねーし。それにな元がオシャレ男子じゃねーの。女子力も無いし、スイーツ好きでもない。草食系でも癒し系でも細マッチョでもない。ま、別にチャラくもないつもりだけどな」
 オレは店から早く出たいと思い始めていた。レジに並ぶのも面倒だった。何も買わずにそのままコンビニを出た。
 すると、なぜかその後を凛がついて来た。
 思わず立ち止まり、彼女を見つめた。
「なんかまだ言い足りないの?」
「ごはん、まだでしょ?」
「ん?」
 なんだよ、おごって欲しいのか。図々しいヤツだな。
「飯とか言う前に、少しダイエットした方がいいんじゃない? そんな丸い顔してさー」
 オレは笑いながら軽く言った。新垣結衣に似てなくもない可愛い顔なのに、プックラしてっともったいねーよ、と言いたかった。
 でも、凛は顔を赤くして俯いていた。
 丸い顔と言ったのが気に障ったのか。面倒臭いな。
 オレはもう何も言わずにくるりと向きを変え歩き始めた。
 少し歩いてから後ろが気になり振り返った。さっきのコンビニの光が明るく道を照らしていた。コンビニの前にあるバス停もはっきりと見える。そこにあるベンチも。
 ベンチには凛がぽつんと座っていた。
 バス待ちか? そう思ったが、ちょうどバスが来ていたのにそのバスを見ようとはしなかった。当然乗る気配もない。バスは行ってしまった。

 そのまま帰ろうと思っていた。振り切って帰るつもりでコンビニを出たんだ。
 なのに、どうして今すっきりしないんだろう。さっきの言葉で彼女を傷つけたとわかっていたから、後味が悪かったのだろうか。
 気付いた時にはバス停の方へと足が向いていた。


<後編に続く>
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(後編)
 ベンチに座る凛の前に立ったが、俯く彼女に言葉をかけられなかった。仕方なく彼女の隣に腰を下ろした。
 凛は驚いてこっちを見ていた。オレは前を向いたまま横目で彼女を見ていた。
 赤らんだ顔と少しうるんだ目。微かに動く、もの言いたげな唇。
 ん、近くで見ると、新垣結衣に似てるとか関係なく、普通に可愛いような気がしてきた。
 ていうか、なんでそんなにオレのことじっと見てんだよ。なんかそっち向けないだろーが。
「大野って……」
 凛はそのやわらかそうな唇を開いた。
 自分の名を呼ばれて、鼓動が強く打ち始めた。普通に話す時の声は可愛いよな……。
「やっぱり、私、大野のこと……」
 え、ちょっと待て、なんでそんな苦しそうな顔をする? 眉を寄せて、目を細めて、そんな顔、しかも間近で見せられたら想像するだろ。これがもし布団の中だったら……あ、ちょっとヤバい。
 凛はその苦しそうな顔で、吐き出した。
「絶対やめてほしい、その名前。だってアンタ嵐じゃないし!」
 オレは息を吸ったまま、吐き出せずに呆然と凛を見ていた。
 ああそう。そうですか。ですよねー。そう簡単にヒトって変わらないですしね。可愛く見えたのも、目の錯覚かな。うん、そういうことにしておこう。
「じゃあ、もうあだ名かなんか適当につければいいんじゃね。オーノがダメなら、オームとかオーラとかオーボエとか……」
 自分の気持ちを紛らわすかのように、ろくに考えもせずしゃべった。凛の顔も見ないようにした。
「侑斗……」
 凛の口から、オレの名前が出た。思わず固まる。
「あれ、知ってたっけ」
「広野にきいた」
「……………………そう」
 なんだ、なんだ、この気まずい雰囲気は。なに、これ、次どういう展開になってくの。いや、なんでオレ、ドキドキしてんの。名前呼ばれただけなんだけどー!
「侑斗って、呼ぶよ?」
「あ、うん……」
「私のことは?」
 彼女は声を少し上ずらせて、小さな声で訊いた。見てみると、やはり少し恥ずかしそうな顔をしている。オレの耳に届くように、耳元に口を近づけて言った。
「私の名前はね……」
「凛……だろ」
 オレはドキドキしている自分が恥ずかしくて、逃げたいくらいだった。
「知ってた? じゃあ、おまえって言わずに名前で呼んでよ」
「……」
 呼べるか! 呼べるわけねーだろー。
 友人でも、恋人同士でもない、こんな緊張した関係で親し気に名前なんて呼べるかよ!
 しかし、凛は黙ってオレを見ていた。呼ぶまで待っているつもりか?
「メ、飯、食いに行く?」
 オレは視線を逸らした。
 すると凛は数秒黙ってから、言った。
「でも、私ダイエットした方が……」
「あ、もう、それは、あの、オレの間違いだから」
 慌てて取り繕った。
「気にすんな。痩せる必要ない。おまえは十分、かわい……」。
 言ってしまってから、ゴクリと唾を呑み込んだ。
 凛は急にオレの顔を覗き込んだ。
「侑斗……」
「あ……いや……今のは……」
「わかってるよ」
 凛は慈愛に満ちた目をしていた。
「私が可愛いことはわかってるよ。可愛すぎて罪だなってちゃんと自覚してる。ただ、こんなに接近してあげるまで私の可愛さがわからない侑斗のこと、どうしたらいいのかなって」
「え……」
「かわいそうっていうか、もしかしたら私のコト高嶺の花って諦めてたんだなってやっと気付いた。ごめんね、すぐにわかってあげられなくて。でも、これからは仲良くしてあげるから。侑斗も勇気だして」
 オレはただ、自分の耳がおかしくなったのかなと思った。
 目の前の凛は当たり前のことを言っているという顔をしている。
「聞け」
 彼女は突然だったせいか、少し瞬きしてオレを見つめた。
「おまえは、自分で思ってるほどは可愛くねーんだぞ」
「ええ!」
 凛は大げさに驚いた。
「そんな、困った顔されてもな。いいか、おまえはせいぜい中の上くらい。そこんとこ、ちゃんと冷静に受け止めろ」
「そうなのー? それじゃ、侑斗と変わんないじゃん!」
「オ、オレは上の下くらいだ」
「ちゃんと客観的に見なよ、自分のことー」
 そう言い返す凛の鼻先を強く押して潰してやった。
「オレはいいの。顔より性格で売ってるから。おまえは……り、凛は……」
 凛はオレの指を払い、ププッとふきだして笑った。
「マジで受け取ってるし、バッカみたい。私のことどんな目で見てたの?」
「……冗談かよ」
「やっぱり、侑斗は見た目と違って頭固いよね。女子に面と向かって可愛くないなんて言う人初めてー。もっとスルーしよ。人生、リラックスリラックスー」
 楽し気に笑う凛を見ていた。
 無性に腹が立つ、はずだった。それなのに、なぜか胸に温かいものを感じた。
「リラックス……してもいいのかよ、こんな時に」
 オレがそう訊くと、「こんな時?」と普通に訊き返された。
 勝手に顔が赤くなる。思わず俯き足元を見つめた。
「ね、侑斗」
「ん?」
 呼ばれて少し顔を上げた。
 凛はまるで子猫のようなあどけない目でオレを見ていた。
「リラックスするのはちょっと置いといて、まず考えよっか。侑斗はそのままじゃダメだから」
「え?」

 翌日オレが朝から報告書を書いていると、広野が隣の席にドカッと座った。
 オレはチッと舌打ちして、広野を横目で睨んだが、すぐに視線を戻して報告書に向き直った。
「なあなあ、大野ぉ〜」
 また始まったか、と半ば呆れて無視していた。
「昨日、凛ちゃんとどうなったの?」
「は?」
 オレは驚いて手を止め、広野を見た。
「おまえの気持ち、少し前に凛ちゃんに伝えといた」
「え、何を……」
「まあまあ、黙ってお聞き。凛ちゃんに連絡入れたのよ。『大野って6時ごろ仕事終わると、いっつも一人寂しくコンビニ通いなんだよ。駅前の薬局の隣のコンビニだよ』ってね」
「な、何余計なこと言ってくれてんの」
 オレは広野の言葉をきちんと消化できないまま、呆然と広野の顔を見つめ続けた。
「大野は自分から好きとか言えないから、いつでもいいから適当に誘ってやってよって言っといたんだけど、どう?」
「えええ……」
 体が震えるような困惑に襲われてた。
 広野は言葉を失くしたオレを見ていたが、「あれ?」と言った。
「なんか雰囲気違うと思ったら、髪切って染めたんだ。超サワヤカ。高校生みたいだぞ」
「……昨日、連れてかれたんだよ、遅くまでやってる美容室に」
「すげー可愛いな。結構おまえ、似合ってるよ。誠実そうに見える」
「“誠実そう”ってなんだ。ちゃんと誠実だわ」
「だからキスまでにしといたの?」
 オレはスッと広野の前に立ち、ヤツを見下ろした。
「おまえ……。どういうことだ。なんで凛とそーゆー話してんだよ。騙したのか? 二人してオレを嵌めたのか? ドッキリか?」
「ちがうちがう」
 広野は遠心力で目が飛び出そうなほど、首を左右に振った。
「オレはね、ただのキューピッドだよ」
「キューピッドだああ?」
 オレは広野の両肩に手を置いた。
「ならば、その羽そぎ落として、小便小僧にしてやろうか!」
「いや、似てるけど〜」


<END>
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七夕の夜はブラック (前後編)

(前編)
 今日、高校時代からの友人のあいつに、たまたま会った。
 無視するチャンスを逸し、向こうから話し掛けて来るのを甘んじて受けた。

「おまえ会社辞めたんだって?」
 何気に嬉しそうに訊かれた。

「ああ、あんまりブラックだったんでやってらんねえから」
「じゃあ、もっともっとブラックなウチに来ねえ?」
「ん?アホか? て、おまえの家、どんぶり屋じゃなかったっけ? 継いでないの?」
「ちがうのよ。俺今、センセーって呼ばれてんの」
「センセ?」

 教師か? 家元、医者、議員、弁護士……どれも違う。ピアノでも弾けたっけな。

「特技があり、人から感謝される仕事をすると、人は相手を先生という敬称で呼ぶ」
「そうだわな」
「つまり俺は感謝されてるんだよ」
「ありえねえ」
 俺と同類か、それ以下の凡人が。

「俺は予知ができる」
「んが? ……新興宗教か?」
「どうも詐欺師に似た類の印象を持っているような気がするが、それは違う」
「占い師か」
「占うという動作はない。すべて知っている」


「ほぅ。なんか現実逃避しているのかな」
「おまえも来いよ。『七夕の夜』に」

 七夕の夜。なんだ、キャバクラか?
 綺麗なフレーズだが、それはブラックな就業規則があって、なおかつ、うさんくさい詐欺師が先生と呼ばれている会社なのか。
 
「おまえはもう、メンバーに入ることになってるんだよ、七夕の夜のな。俺にはわかってる」
 別れ際そう言われた。


 しかし、七夕の夜というものの、具体的な姿が全く頭に思い浮かばん。
 大体どこへ行けばよいのか、場所も連絡先も知らされてない。俺からあいつに、
『すまんっ! どうしても七夕の夜に入りたいんだが、どうしたらいいんだ、教えてくれ!!』
とでも懇願することが無い限り、やつの予想は外れてしまう。
 そう、予想としてですら確実に外れそうなのに、何が予知だ。
 入る気などさらさらない俺は、わざわざその名を検索などしなかった。


 家に帰ると、親父がおらず、母親がキッチンで立ち尽くし、姉がソファでテレビを見ていた。
 夜の10時、普段なら割と仲の良い俺たち家族は、一緒にバラエティ番組でも観てるのが常。でも、こういう日があってもおかしくはない。
「とうさんはどこ行った?」
 俺がキッチンに顔を出して母に訊くと、「さあ、どっかで呑んでるんじゃない?」とため息交じりに言われた。
 マズイ、この空気は喧嘩してるのか。
 姉に向き直る。
「親、ケンカしてんの?」
「違うわよ。父さんも男。……男って弱いから」
 妙に世間ずれした言葉を色っぽく吐き出す姉に、目を細めつつ、隣に座った。
「意味わからんし。なんか厭世的な気分なわけ?」
「私〜」
 姉はふと両手をお腹にやった。
「産むわ」
「…………」


 ちょ、ちょっと待て。
「姉、俺に何を言ってる!」
「父さんにも母さんにも言ったわ」
「そうか、そういうことで、こういうことになってんのか。あほか、ちょっと考えてから喋れ。人の心臓握り潰す気か!」
「あら、あんたの子じゃないわよ?」
「当たり前だ!」

「う、う、う、産むってまず、どういう……」
「セックスをね……」
「その辺は省いて良いから! もっと相手の事を、今の状況を説明しろ」
「なあによ、父さんとおんなじ反応なのね。親子って似るんだわあ……」
「感心してないで……」

 俺はもうすでに息切れしていた。
 姉は25歳。別に子供の一人や二人居てもおかしくはないし、恋人の子供ができて産みたいというのなら家族として反対はしない。いや、祝福しようではないか。
 なぜ、俺や両親がここまでアタフタしているのかと言うと、姉の彼氏はこの1年ほど留置場の中なのだ。

 そもそも、そういう悪い男と付き合っているから、ほかの男との間に子供を作ってしまうんだろう、なんて言うやつがいたら、俺はそいつをぶん殴ってやる。
 姉の彼氏はあまりに人が良すぎて、会社の上司の起こした横領の罪を被り、自分がやりましたと嘘を吐いたのだ。冤罪とわかっても上司に義理立てし、自白を翻そうとしなかった。
 その横領が発覚した当日、会社は仕組まれたかのように不審火に遭い、半焼してしまった。なんと事務のオバチャンの可愛がっていた野良犬が、事務所内のエサ置き場で寝ていて逃げ遅れ死んでしまった。
 運悪く犬嫌いで有名だった彼氏は、錯乱状態のオバチャンにあらぬ疑いをかけられ証言を拒否され、社員もなんとなく上司側についてしまって、四面楚歌。助けてくれる者なし。
 彼氏のしたことは、全く報われなかった。
 それなのに、彼氏は、
「人が亡くなって無くてよかったっす」
と言って「1年頑張って来まーす」と笑ったのだ。もっと賢い選択があったろうに……。

 そんな彼氏がもうすぐ出所してくるというのに、なんでおまえは妊娠してるんだ。
 なんで産むとか産まないとかいう話を……。まあ、彼氏に正直に話したとしても
『そか、じゃ、一緒に育てよっか!』
と喜びそうな顔が浮かんでしまうのが、かなしい。


「ねえ、弟」
「なんだ、姉」
 呆れて口も利きたくないくらいだが、だるい声で応える。
「七夕の夜って、知ってる?」




<後編に続く>
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(後編)
 ぎょっとする俺のことなど気にも留めない様子で姉は続ける。
「やっぱりさ、お腹の子に罪はないわけ」
「そうだ、お腹の子にも彼氏にも罪は無い。あるのは、おまえとおまえを妊娠させた男だ」
「でも、性欲ってさ……」
「だから、そういう話はいらないから! 七夕の夜……そっちの話と、お腹の子の父親の話を先にしろ!」
 お腹の子の父親はこの際あまり興味が無いが、七夕の方は喉から、耳から、手が出る程、情報が欲しい。
「この先独りで生きてくとか考えてると、七夕の夜に私を受け容れてもらわないと困るの。この近辺にあるはずなんだけど」

 姉は何を思ったのか、奥から新聞を束ねている塊を一つ持ちだして来て、ひもをほどくとチラシを探し始めた。
「な、なに、広告で見つかるのか? スーパーかなんかかよっ!」
「あった!」
 案外素早く見つけた姉は、嬉しそうにチラシを俺に突き出した。
 24時間開いている大安売りのスーパー、『七夕の夜』。

 俺はその広告を見たまま固まった。
 あいつの実家の住所じゃねえか。どんぶり屋をやめてスーパーになったのか。しかもその店の写真もチラシに乗っているが、悪趣味なデカイ竹のような……竿のようなものに、金銀の紙を散らしたようないわゆる七夕の飾りのようなものが店頭に並んでいる。
 こんなド派手なスーパー、この一帯では見かけたことが無い。
「そりゃそうよ、24時間開いてるとか嘘。夜しか開いて無い。昼は、なんか質素などんぶり屋なんだよねー」

 ……だろうな。

「なんで24時間営業なんてウソ書くんだよ。開店時間……つまり、どんぶり屋の閉店時間を書いてやった方が親切じゃないか」
「それが違うのよねえ。七夕の夜は、バックヤードでは24時間営業なの」



 やつが、もっともっとブラックだと言った言葉がふと頭に浮かんだ。
 七夕の夜は、開店していない時間も業務を続けている? 24時間制で? なぜ?

「でねー。もう半年くらい前かな。その七夕の夜のオーナーって言う人と知り合ってその日の夜にそういう関係になっちゃって、でもお忙しいみたいだからそれ以降は会って無くて……」
「たっ、七夕の夜のオーナーが、この子の父親かっ!!!!」


 あ、あいつ、何をやってるんだ。
 営業って、昼間は何の営業をやってんだ、怖い、知るのが怖いんだけど、でもうちの家族が被害にあって、黙って泣き寝入りは出来ない。
 曲がりなりにも俺の知り合いだ。もう友人とは思いたくないが、顔を知っているだけに、自分までなんとなく罪悪感を感じてしまう。生まれてくる子のためにも絶対文句を言いに行ってやる!!


 翌日、俺はどんぶり屋の前にいた。中に入ると年とったオジさんとオバさんが、笑いかけてくれた。
「どんぶりで昼ごはんすますと栄養が偏るよ〜」
 商売する気があるとは思えない言葉を吐くこのご夫婦は、昔から善良この上ない。
 ということは、年齢も年齢だし、24時間スーパー七夕の夜のオーナーとして、我が姉をはらませた主犯は、間違いなくヤツだ。

「あいつに逢いに来たんですよ。いますか?」
「息子? あらー、今、仕事中なのよねえ、七夕の夜の……」
 ギクリとして俺が固まっていると、オジさんが店の奥の方に声をかけた。
「おーい、トモダチ来てるけど、どうする? 手、空く?」
 裏でなにやらごにょごにょとやり取りがあり、なんと、奥からヤツが出て来た。顔には勝ち誇ったような笑みを浮かべ、
「やはり来たか」
と言う。


 なんでこんなに俺だけが謎に包まれているんだ。
 コイツの笑顔がこれほど気持ち悪いとは思ったことがなかった。
 すると、どんぶり屋の端に居た女性が不意にやつを見て挨拶した。
「先生、いつもお世話になってます」


 はああ?
 こいつはスーパーの営業だけじゃないのか! 女性に一体何を、どんなお世話をしているというのだ!
 風俗か! ここは闇風俗の出入り口か!

 と思ったが、その女性の傍には、明らかに旦那らしき男と、二人の小さい子供が座っている。
 そして驚いたことに、その旦那でさえも、にこにこと笑って挨拶しているではないか。
 いつもありがとうございますぅ?
 旦那の笑顔は当たり前の社会人としての挨拶である。それに応えるヤツの笑顔も、憎たらしいくらいに普通に偉そうである。

「いえいえ、最近どうですか?」
 ヤツが言うと
「わりと調子いいです。ありがとうございます。そうですね、もしかすると主人が出張に行ってる間は寂しくなって目が覚めるかな……。お世話になるかもしれません。週末とか……」
という、主婦のみだらな応え。


 俺が店を後ずさりながら出て行こうとするところを、ヤツに見つかった。

 ヤツは俺の体を掴み上げ、店の奥へと連れ込んでいく。
「やめろ、俺は男だぞ!」
「男も女も関係無い。男女雇用機会均等法を知らないのか」
「ここに就職するくらいなら、AV男優になるーーー」



 俺が絶叫した後、その声が立ち消えた瞬間、むせるような高温多湿の部屋へとぶち込まれた。
 すっきりしたフローリングの清潔そうな床。白い壁。明るい光、あれ、潰れかけのどんぶり屋やド派手なスーパーの奥に、こんな学校のような優しい空間があったのか……。おばさんが一人、エプロンをして洗濯ものをたたんで……んん?


 広い部屋にはベビーベッドが並んでいた。加湿器、空気清浄機、エアコンがフル稼働している。
 そのベッドには、二人のまだ小さい赤ちゃんが寝ていた。

 呆然とそのベビーベッドを覗き込む俺の肩を叩いて、ヤツは言う。
「この子はもうすぐ目を覚まして泣き出す。腹が減ってるからか、オシッコか? いや、違う。たんに寝てるのに疲れただけ。何もなくてもダッコしてやれば喜ぶ」

 その予知どおり、その子は目覚めて泣き出し、ヤツに抱かれると静かになった。

「いや、あのさ、何コレ。いろいろわかんないんだけど」

 どうして保育所のようなことを隠れてやってるんだ。
 なんでスーパーなんだ。
 こんなにガラガラ状態なのに、何がブラック企業なんだ。
 どうして姉さんと……。


 やつは応えた。
「俺がおまえの姉さんを? するわけないだろ、てかそんなヒマねえな。第一、俺はこの界隈じゃヒーローなんだぜ。誰かが俺の名をかたったんだろ。迷惑かけたんなら、今度会わせてくれよ、その姉さんに」

 俺は半信半疑でヤツの顔を見ていた。

「俺の家はボロいけど一応合同会社。会社を設立する時に、まあ、業務の間口は広げておいたんだけど、アルバイトやパートを雇うことを視野に入れ、保育業務も業務内容に付け加えておいた。あくまで、従業員の労働時間確保のために必要な保育ね」


 ある時、ずっと夜泣きで困っているパートさんがいて、その人を助けるために何かいい方法はないかなと思ったんだよ。だって昼間の仕事に差し障るじゃん。
 アルバイトとか従業員の子供を保育するという許可は得ているわけだから、保育士さんさえきちんと配備していれば簡易保育所がわりにはなるわけ。
 でも、時間がね。
 深夜って、どういう事情があるのか良く知らないけど、みんな母親が寝ないで子供の夜泣きの相手してるのが現状でしょ?
 じゃ、夜にうちに連れておいでよ。その時間も営業してあげるから。営業中なら問題ないわけだから。

 ヒマなどんぶり屋が24時間営業って明らかに変だから、何か販売してたら……特にスーパーなら店構えにこだわる必要無いし。よし、真夜中にスーパー開けよう。困ってる従業員さん、みんなお子さんお預かりするからゆっくり家で寝てなよ。
 て、誘ったのが始まりで、そういうのよくわかんねーけど、法に触れると困るから誰も大っぴらには宣伝しない。けど、なんとなく口コミでアルバイトさんが増えちゃってねえ〜。
 問題は、結局うちの店の従業員とか関係無く、夜中に子供預ってる状況ってこと。しかも最近は、夜中だけじゃなくなっちゃってねえ。

 実質、月に1時間働いてくれるかくれないか、って程度のアルバイトの名前がいっぱい……。そこんとこ、いろいろ税務署で言われそうだから上手く改ざん……うんうん、これ以上は言えないかああ。



「だから、俺はガチの労働者のおまえにウチに来てもらいたい!」

 やつは言う。
「最低賃金ギリの薄給、昼夜問わず労働、重労働、残業手当無し、通勤手当無し、社保なし、休みは固定せず適宜、勿論有給休暇なんて無い。唯一の恩恵があるとすれば、身内に乳幼児がいて預ける場所が無い時は、いつでも無料で預ってやる」

「バッカ、そんな不当な労働条件を呑めるか! 俺は独身だぞ」


「センセーって、呼んでもらえるぞ?」





「……そ、それだけで、できるか!」



「感謝されるぞ。涙流されたこともあるくらいだぞ」






「……でも違法なんだろ? 何か事故があったら……責任が……そもそも子供に影響が……」

「裁判や業務停止が怖くてやってられるか! いい事しても捕まる時代だぜ、何かあったら俺は、笑って留置場に入る」



「う」
 姉の彼氏と、コイツがだぶるなんて、悔しい。

「もちろん何も起こらないように、おまえは努力してくれよ。逆に言えば、おまえがいないと人手不足で何か起こるかもしれないぞ。いいのか、いいのか、おまえはそれでいいのか??」

「そ、そ、そ……」

「俺も精一杯安全には配慮する。おまえが必要なんだ! やりがいありますよ! おにいさん!」


 マジのブラック企業だ。
 何かあったら俺のせいにされるんじゃないのか。
 いやあってはいけない、許されないんだけど。


 でも、法律や条例がどうこうだけで反発くらうなら、その時は俺も笑って立ち向かう……

 ……予定。


 これもあいつの、ひとつの予知?




<END>
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大阪はるの陣 (関西ネタです)(1話完結)

 その国はもはや、他国からは見放され、切り捨てられた存在。
 国政は早くに崩壊し、ネット難民が街へと繰り出し、暴挙と暴言を繰り返す毎日。
 かつて繁栄を誇った中央都市が標的になったのは無論のこと、地方都市すら自治を保てなかった。
 そんな光明の無い時代に、一人の男が立ちあがった。
 胸には、七つの傷はないが、見事な金のビリケンさんバッジが輝いている。
 その男は、今日も己が制圧した街を、彼の居城である通天閣から見下ろす。
 彼の傍にひざまずき、片手をついて指示を待つ男が二人いた。
「どうだ、様子は」
 従者に問う、凛とした声が響く。

 長い黒髪を後ろで一つに束ね、馬の尾のように垂らす。青白く細い顔、その目元の傷の歪んだ瞼すら、美しさを引き立てる。不均衡の中の揺るがぬ強い視線に、側近は彼を見上げることなどできなかった。
 男は右手を肩から失くしていた。
 それは彼の作った巨大組織を崩壊せしめんとする反逆者による、卑劣な罠のせいだった。
 男が通う華やかな街で、いつも口にする茶だんごに毒を盛られたのだ。四肢の血流は淀み、特に治療の施しようがなかった右手は切り捨てるしかなかった。
 そんなどこに刺客の潜んでいるか知れぬ街に、毎夜男は通う。
「あらあ、また来てくれはったん?」
 その言葉を聞くために。

 この街の象徴と化した若く美しい指導者の、あまりに強い欲望への執念に、二人は崇敬の念を抱いていた。

「富田林(とんだばやし)よ、SL学園の野球部はどうなった。報告せよ」
「はっ」
 富田林はそのまま顔を上げることなく、床に叫ぶように大声で戦況を報告した。
「よくわかった。では松屋町(まっちゃまち)、少年部隊構成に必要なおもちゃと駄菓子は手に入ったのか」
「はっ」
 松屋町は滔々(とうとう)と生産状況を報告した。
 すると、突然一人の男が足音も忙(せわ)しなく、その場に飛び込んできた。
「どうした、天下茶屋(てんがちゃや)、騒々しいぞ」
 美しき指導者は、天下茶屋のあまりに慌てふためく姿に、いぶかし気に目を細めた。
「それがっ、ハローワークがたて続けに襲撃され……」
「何者に!」
「恐れながら、USJとひらパーが同盟を結んだ模様で」
「なんだと! それでは我々は包囲されたも同然ではないか!」
 男の凄まじい怒号に、天下茶屋はひれ伏した。
「し、しかし、中百舌鳥(なかもず)さま……我々も」
「ええい、言い訳は聞かぬわ!」
 中百舌鳥は天下茶屋を蹴り飛ばした。
 三人は彼の怒りに、頭を床に擦りつけた。
 その様子をしばらく黙って見ていた中百舌鳥だったが、溜息をついて言った。
「まあ、良い。今は奴らの動きを静観するしかない。それしかできまい? 常より条約を結んでいる、姫路セントラルパークと白浜アドベンチャーワールドにはもう、当然支援要請を送ったのであろう?」
「はい」
「では、待とうではないか。天が、我々に命を下すまで」
「はは!」
 中百舌鳥は、ゆっくりと歩き出す。
「行くぞ」
「どちらへ……」
「梅田に決まっておる」
 三人の従者は顔面蒼白となり、体が震えた。
「では、では、阪急電車で……河原町へ……?」
「当たり前だ」

 従者らは思った。
 この戦乱の世で、ここまで大きな器の男は見たことが無い。
 どれほどの血が流れるかわからぬ状況にも動じず、また茶だんごを食いに行くとは。
 食うのは茶だんごだけで済めばよいが、いつ寝首を掻かれるかわからぬ場所へまた立ち向かうというのか。
 我が指導者ながら、恐ろしい。
 恐ろしいオトコだ。


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